【童門冬二・小説 決断の時―歴史に学ぶ―】身分制にそむく商人の気骨 ルソン助左衛門2020年2月22日
◆市場は海外にあり
豊臣秀吉が"刀狩り(武士以外の武器取り上げ)
"を行う前は、日本の商人は腰に刀を差していたし、また通行には馬に乗っていた。それがガラリと変わったのは豊臣秀吉が、
「すべての日本人の完全支配」
を志して、武士以外、特に農民や商人から携帯する武器を取り上げたことである。
堺の商人で、国内貿易に早くから見切りを付け、海外へ乗り出していたルソン助左衛門という商人がいた。堺の人間で、"納屋"を名乗っていたから、倉庫業者であったようだ。主に中国の広東省やフィリピンのマニラで商売をしていた。時折日本に戻って来る。ある時、帰国した助左衛門は〝刀狩り〟の話を聞いて腹の中で激怒した。
("刀狩り"は身分制につながる)と直感したからだ。案の定そのことを助左衛門に話した商人はこう言った。
「職業によって身分が分かれてしまう。武士は政治を行うから一番上位に、農民は年貢を納めて国の財政に寄与するから二位に、職人は国民に必要な生活用具を作るから三位に、ただ商人は何も生産しない。農民や職人の作ったものを動かすだけで利益をえるから、世の中の一番下に置かれてしまった。何とも納得できない」とぼやいた。しかし海外知識のある助左衛門には理解できた。そういう制度がいずれできるだろうと予測していた。しかし腹が立った。かれは平等主義者で、人間が職業や身分によって区別されることを酷く嫌っていたからである。話を聞いて助左衛門は、
(ようし)と、あることを思いついた。それはそういう制度を持ち込んだ天下人秀吉に対する意趣返しであった。
◆ルソンの夢の正体
例によってマニラに行った助左衛門は、多くの品物を仕入れた。香料・唐傘・ローソク、麝香(じゃこう)などの日本では珍しがられる品物だ。他にかれが"ルソンの壺"と名付けた大きな龜を持ち帰った。そして堺奉行であった石田正澄(石田三成の兄)を通じて、
「殿下(秀吉)に献上してほしい」と、申し入れた.正澄は、そのまま秀吉にこれを献納した。秀吉は喜んだ。そして、助左衛門を呼び出した。
「おまえはなかなか殊勝な商人だ。礼に、いくらか儲けさせてやる。聞くところによれば、まだ壺を沢山手元に残しているそうだな。大阪城で市を開いてやる。持ってこい」と言った。助左衛門は喜んだ。というのは、そのことを目論んでいたからである。
大阪城内で"市"が開かれた。助左衛門が持ち帰った"ルソンの壺"が話題を呼んだ。大名たちは、秀吉に気にいられようとして、先を争って"ルソンの壺"を買い求めた。"ルソンの壺"は、ぐんぐん値をあげ、落札するころは法外な価格になった。
なぜ"ルソンの壺"が法外な値なのか。実を言えば、助左衛門がマニラで買い込んできたこの壺は、生産地は中国の広東省だった。そして広東省でも買い込んだマニラの市民も、これを生活用品に使っていた。食料の備蓄や、果ては、ゴミを入れる容器、さらにはトイレの容器にまで使っていた。言ってみれば、
「庶民の生活日用品で、必需品ではあるが、芸術品としては全く価値のない二束三文の代物」
だったのである。その二束三文の、何の価値も無い壺を大量に仕入れて、「これで、関白殿下に一泡吹かせてやろう」というのが、初めから助左衛門の考えた企てだった。堺奉行の石田正澄も弟に負けない英知の持ち主だったが、さすがにそんなことは見抜けなかった。海外事情に疎かったからである。それが助左衛門の狙い目でもあった。
「石田様には、普段からお世話になっていて申し訳ないが、今度はおれのわがままを通させてもらう」
そう考える助左衛門は、すでにある決意をしていた。それは、
(もしも、関白殿下が怒って俺に罰を与える要だったら、俺は日本を捨てる)
という覚悟である。その通りになった大名の中には、海外の知識を持つ者も何人かいた。それがルソンの壺をみて、密かに秀吉に、
「この壺は、中国の広東省の産品で何の価値もない物です。中国やフィリピンでは、貧しい庶民が生活容器にしております」と密告した。秀吉は怒った。
(おのれ、助左衛門め! わしを騙したのか)
秀吉はただちに助左衛門の逮捕を命じた。同時にその持っている財産の没収も命じた。しかし、そのことは助左衛門が早くから予測していることであった。かれは秀吉の命令が届く前に、財産処分をした。多くの物は金に換えて、行く予定である宝物的備品は、世話になった堺のお寺に捧げた。寺の住職は喜んだ。
そして助左衛門の覚悟を心の中では褒め称えたが、あまり大袈裟には口に出来なかった。それは堺奉行の正澄も同じだった。正澄は関白になってからの秀吉の行動にやや批判的だった。しかし口には出さなかった。
心の中で、助左衛門の行動に拍手を送っていた。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
【世界の食料・協同組合は今】スイスの耕畜連携 環境、農業持続性を両立(2) 農中総研・阮蔚氏2024年10月29日
-
新潟コシより7000円高い茨城コシヒカリ【熊野孝文・米マーケット情報】2024年10月29日
-
精米急騰 5kg3792円 コシ以外銘柄 コシと逆転 統計開始以来初 10月の小売価格2024年10月29日
-
鳥インフル 米ユタ州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年10月29日
-
生産現場と地域の切実な声反映を期待 全国農政連会長が談話2024年10月29日
-
農産物の環境負荷低減を「見える化」基礎から学べる研修会開催 農水省2024年10月29日
-
岡山県の旬食材がズラリ「JA晴れの国岡山フェア」JA共済マルシェで開催2024年10月29日
-
オンラインクレーンゲーム 「DMMオンクレ」とコラボ「JAタウン祭」開催2024年10月29日
-
本日29日は「いい肉の日」限定セール開催 約360商品が特別価格 JAタウン2024年10月29日
-
交通安全イベントで『見えチェック』体験ブースを出展 JA共済連2024年10月29日
-
熊本開催「ぼうさいこくたい」に『ザブトン教授の防災教室』出展 JA共済連2024年10月29日
-
パンコンチネンタルカーリング選手権 日本代表チームを「ニッポンの食」でサポート JA全農2024年10月29日
-
「2024年全国農業高校 HANASAKA収穫祭」を開催、「ASTERISCO」で特別メニュー提供も ヤンマー2024年10月29日
-
「第7回農業女子オンライン座談会」を実施 井関農機2024年10月29日
-
「農機具王」のリンク 滋賀県「しがのスマート農業推進協力隊」に登録2024年10月29日
-
伊豆産オリーブ収穫「純国産エクストラバージンオリーブオイル」12月初旬に発売 J-オイルミルズ2024年10月29日
-
日本酒一合缶角打ち「旅する日本酒店」期間限定でオープン Agnavi2024年10月29日
-
焼いて味わう採れたてねぎ 伊勢崎市「みんなの畑」で農業体験 パルシステム群馬2024年10月29日
-
純米酒の魅力を体感 日本酒の祭典「燗椀グランプリinとっとり」初開催 鳥取県2024年10月29日
-
漁業者、メーカー、消費者でビーチクリーン 南房総で開催 パルシステム連合会2024年10月29日