【森島 賢・正義派の農政論】【追悼】今村さんよ、逝くのは早すぎなかったか2020年3月2日
(写真:今村 奈良臣 氏 2019年7月)
畏友の今村奈良臣さんが急逝した。すこし早すぎはしなかったか。本人もそう思っているに違いない。85歳というのだから、今どき早すぎる。お子様たちもそう思っているだろう。ご遺族のお嘆きは如何ばかりか、とお察し申し上げます。
彼の逝去を聞いて、これまでの彼との長い交友の場面が、私の中を走馬灯のように駆けめぐっている。それが今日で急に打ち切られることになった。そして、永い別れを告げることになった。もう続きはない。この深い寂寥感を癒すすべを私は知らない。
◇ ◇
今村さんとの付き合いは、長いものだった。
彼と初めて会ったのは、大学院へ一緒に入ったときだった。それ以来の付き合いだったから、60年を超える長い付き合いだった。長かったようで、しかし短かったようでもある。まだまだ、彼と話したかったことが山ほどある。
彼とは共に田舎の出身ということで、妙に気が合うところがあった。だから、ツーといえばカーで、何をいっても誤解される心配のない気楽な友人だった。
◇ ◇
彼は学生のときからガキ大将だった。ガキ大将の条件は、力が強く、気も強いというだけではない。彼は空手の達人だったから、腕力も胆力もあった。しかし、それだけではない。皆から心服されることがガキ大将の必須条件で、この条件を彼は持っていた。それは生まれながらの資質だったかもしれない。あるいは、彼が長男で普段から威張っていたからかもしれない。
それを如実に発揮したのは、もう時効になるだろうが、大学院生だった時のことである。奨学金を皆で分け合うことにして、それを中心になってやり遂げたのが、ガキ大将の彼だった。
◇ ◇
もう1つ時効にしたい話がある。それは、逸見謙三講座が新しい助教授を採用するときのことである。当時、助教授だった今村さんが、助教授の総意だといって、新しい助教授を推薦した。
こんなことをしたら、逸見さんでなくても「助教授の分際で、人事に口出しをするとは何事か」といって一喝しただろう。だが、今村さんはとうとう説得してしまった。(新しく助教授になったのは、実は私だったのだが。)
◇ ◇
時効すれすれの秘話は、これくらいにしよう。
いま農業界では「6次産業」が取りざたされていて、その意味を知らない人は、農業界にはいない。その意味は、農村の主要な産業である1次産業に、2次産業と3次産業を取り入れて、合わせて6次産業に脱皮すべし、というものである。
6は1足す2足す3ではなくて、1掛ける2掛ける3だ、というもので、教祖が言うような、神学的解説をした。どれがゼロになっても、全体がゼロになってしまう、という解説である。
これを言い出したのが今村さんであることを知っている人は、それほど多くはない。本人もそのことを言わなかった。男の美学だったのだろう。
この言葉、いや概念だけではない。彼には、新しい概念を創り出すことに、他の人には真似のできない特別な才能があった。これは天賦の才能、というだけではない。彼の思考の深さを示すものである。
◇ ◇
もう1つの秘話がある。
今村さんは、以前から叙勲は辞退すると言っていた。天皇のために何事も行っていないから勲章を贈られる筋合いはない、と言っていた。これは彼の思想の根底にある社会観から出てきた考えである。
このことを知らない人は少なくない。彼らは今村さんの思想を皮相的にしか知らなかったことになるが、どうだろうか。
そして、このことは、恩師の近藤康男先生の思想を、忠実に受け継いだものである。先生も叙勲を辞退した。
◇ ◇
今村さんが最も尊敬していた人は、この近藤先生だったようだ。彼は先生に倣って、理論に裏付けられた、そして徹底的な現場主義の研究者だった。
今村さんは、いくつかの農民塾の塾長を引き受けていた。塾生と車座になって夜更けまで議論していたようだ。農村には彼の信者ともいえる人が多い。
彼は、現地調査を終えると、必ず先生に報告していたらしい。また、農民塾から帰ると、必ず先生に農民塾の様子を話していたようだ。先生は、にこにこ聞いていたという。
◇ ◇
近藤先生は、106歳の長寿で逝去するまで、現役で現場主義の研究者だった。今村さんも生涯現役で現場主義の研究者だった。しかし、長寿だったとはいえない。この点では先生に倣うことをしなかった。
この点は、来世で先生から叱られるに違いない。私たちは、せいぜい同情するしかない。そして、ご冥福を祈るしかない。まことに残念なことである。(2020.02.28)
(前回 新型肺炎が招く医療崩壊の危機)
(前々回 政治にAIを利用せよ)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)
重要な記事
最新の記事
-
【人事異動】農水省(4月21日付)2025年4月21日
-
シンとんぼ(138)-改正食料・農業・農村基本法(24)-2025年4月19日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(55)【防除学習帖】第294回2025年4月19日
-
農薬の正しい使い方(28)【今さら聞けない営農情報】第294回2025年4月19日
-
若者たちのスタートアップ農園 "The Circle(ザ・サークル)"【イタリア通信】2025年4月19日
-
【特殊報】コムギ縞萎縮病 県内で数十年ぶりに確認 愛知県2025年4月18日
-
3月の米相対取引価格2万5876円 備蓄米放出で前月比609円下がる 小売価格への反映どこまで2025年4月18日
-
地方卸にも備蓄米届くよう 備蓄米販売ルール改定 農水省2025年4月18日
-
主食用МA米の拡大国産米に影響 閣議了解と整合せず 江藤農相2025年4月18日
-
米産業のイノベーション競う 石川の「ひゃくまん穀」、秋田の「サキホコレ」もPR お米未来展2025年4月18日
-
「5%の賃上げ」広がりどこまで 2025年春闘〝後半戦〟へ 農産物価格にも影響か2025年4月18日
-
(431)不安定化の波及効果【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年4月18日
-
JA全農えひめ 直販ショップで「えひめ100みかんいよかん混合」などの飲料や柑橘、「アスパラ」など販売2025年4月18日
-
商品の力で産地応援 「ニッポンエール」詰合せ JA全農2025年4月18日
-
JA共済アプリの新機能「かぞく共有」の提供を開始 もしもにそなえて家族に契約情報を共有できる JA共済連2025年4月18日
-
地元産小粒大豆を原料に 直営工場で風味豊かな「やさと納豆」生産 JAやさと2025年4月18日
-
冬に咲く可憐な「啓翁桜」 日本一の産地から JAやまがた2025年4月18日
-
農林中金が使⽤するメールシステムに不正アクセス 第三者によるサイバー攻撃2025年4月18日
-
農水省「地域の食品産業ビジネス創出プロジェクト事業」23日まで申請受付 船井総研2025年4月18日
-
日本初のバイオ炭カンファレンス「GLOBAL BIOCHAR EXCHANGE 2025」に協賛 兼松2025年4月18日