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【熊野孝文・米マーケット情報】慶長大津波の被災者子孫が福島沿岸部で稲作再開2020年3月10日

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【(株)米穀新聞社記者・熊野孝文】

 東日本大震災が発生する400年前の1611年12月20日に慶長三陸地震が起きた。

 この地震でも大津波が発生し、相馬中村藩、仙台藩ばかりでなく北海道の松前藩まで被害が及んだことが当時の記録に記されている。記録は日本ばかりでなく、当時日本に来ていたエスバ・エスパーニャ(現メキシコ)のセバスチャン・ビスカイノが帰国後著した報告書にも当時の模様が報告されている。

 被災した相馬中村藩の子孫たちは宮城県に移住、代々農業を営んでいた。その中の一人21代目にあたる子孫が祖先の地、福島県相馬、浪江で稲作を再開した。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は農林水産関連だけで2兆3399億円というとてつもない被害をもたらした。農水省が3月2日に公表した「東日本大震災からの復旧状況」によると、農地の復旧状況は、被災した東北・関東合計で93%まで復旧している。しかしながら福島県の復旧状況は71%に留まっている。この原因は原発被災で、被災した12市町村で再開できた農地は29.1%に留まっているからである。多くの市町村で営農が再開できない農地が手つかずのまま残されている。除染も終わり再開できるようになったところへも行ってみたが、農地は整備されているものの肝心の耕作者がいないという有様で、法人組織を立ち上げて稲作を行う計画を立てていたその組織の代表に話を聞くと「作業員を募集したが誰も来ない」と肩を落としていた。作業員どころか浪江町には震災前に1万7150人の住民がいたが、戻って来たのは1227人に過ぎない。

 国は営農再開に向けた被災農家支援対策として福島県に基金を造成、第1段階として除染後の農地の保全管理、第2段階として営農再開に向けた作付・飼育実証、水稲作付再開に必要な代掻き等の支援、第3段階として新たな農業への転換を進めるため大規模化や施設園芸への転換等を推進するため機械・施設のリース導入に対する支援も行うなどの対策を講じて来た。

 しかし、農業者の意向調査では営農再開未定もしくは再開意向なしと答えた比率は56.9%にも上っている。浪江町は2034haの農地があるが、再開できたのは17haに過ぎない。こうした状況の中、相馬中村藩の子孫らは今年浪江で32haの水田を耕作するというのである。そのために浪江町に新しい株式会社を設立、本社の仙台市から社長を送り込んで東京農業大学の卒業生らを従業員として雇った。

 こうしたことができるのは浪江町と包括連携協定を結び、自治体の全面的な協力があったからだが、包括連携協定は浪江町だけはなく、南相馬市、双葉町とも結んでおり、順番からいうと南相馬市、双葉町、浪江町の順で、北から南へ向かっているような格好である。営農が再開できる地域がそういう順番になっているからでもあるが、もう一つの理由は、福島県の沿岸部すべてを営農再開したいという大きな構想を持っているからである。浪江町に新たな株式会社を設立したのもそのための布石で、いわば地元農業再開に際してフラッグシップという役割を果たそうとしているのである。

 そのためには何よりもこの地でしっかりとした稲作ができることを証明しなければならない。地震や津波で9年間も放置されていた農地がどうなっているのか想像していただければと思うが、当事者の表現を借りれば「草ぼうぼう」の状態だという。まず、もとの水田に戻すことが先決だが、それだけでは意味がない。なにせこれまで耕作していた農業者が帰って来ないのだから新しい視点で稲作を行う必要がある。代表者は「自動化や遠隔操作など農業経験がない人でも低コストで美味しいコメが作れる技術を活用する」と言っている。

 具体的にはドローンによる農薬散布や直播栽培だが、生産されたコメを乾燥、調整する施設もないためラック式のカントリーエレベータまで建設する計画を有している。しかも収穫したコメの販売先もパックご飯の原料米として使用されることが決まっており、作る前から「全量買い取り契約」を前提としいる。計画されているラック式のカントリーエレベータは一基で300ha分のコメを乾燥・調整できる能力を備えており、まさに生産から販売まで一気通貫の体制が整う。

 今年5月にこの地で営農が再開されるその日は多くのマスメディアが訪れ、今までに見たことのない画期的な稲作が行われる現場を目にすることになるだろう。

 
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