【童門冬二・小説 決断の時―歴史に学ぶ―】日本には南北もある 宇喜多直家2020年3月23日
戦国末期に、備前国(岡山県東部)に、宇喜多直家(うきた・なおいえ)という豪族がいた。中国地方は、瀬戸内海側の毛利氏と、日本海側の尼子氏が、強力な勢力を持っていて、豪族たちをしきりに今でいう〝買収や合併〟をしようとしていた。が、直家はその手に乗らず、常に静観し一種の自治を保っていた。そのため、住民たちは、
「頼もしいご領主様だ」と噂し合っていた。他所の地域の住民に比べ、自分達は幸福だと思った。そういう住民たちに、直家はさらに安心感と安定感を与えたいと思っていた。
ある日かれは城の脇を流れる旭川を見つめていた。船の往来が激しい。特にここは河口なので他国に積み出す荷を積んだ船も多い。が、かれはふっと考えた。
(船は、南と北を往復している)という思いだ。日本は何でも東西問題で考えることが多い。「西高東低」などのいう言葉もある。この時直家が思いついたのは、
(この国には、東西だけではなく南北もあるのだ)
ということだ。東西だけでなく南北もあれば、当然この国(備前国)でも、南に住んでいる住民もいれば北に住む住民もいる。北は中国山脈が走っていて、山国だ。南は瀬戸内海に面した平地だ。そうなると産物も違う。直家の考えつく限りでは、北方の山岳地帯では炭・豆・鉱物などが生まれる。南では瀬戸内海の魚をはじめとする海産物が多い。そして何よりも米が出来、畑では野菜が多く獲れる。直家はふっと思いついた。
(南北に住む人々は、自分のところでほしくても出来ない物を欲しがっているのではなかろうか?)
かれはさらにその思いを発展させた。
(互いに欲しがっている物を、交流させれば、住民たちはさらに喜ぶだろう)
◆高瀬舟の活躍
あくまでも、住民目線による考え方だ。かれは早速行動に移した。この地方には、〝高瀬舟"と呼ばれる運搬用の舟がある。平底で、沢山の農作物が積める。農民が主として使っていた。直家はこの船を利用しようと思った。城下町の商人や猟師・農民たちに呼びかけた。単純な指令だった。
「南で得られたものを山の地方に運び、山の地方で出来た物を海口まで運んで来い」ということである。みんなびっくりした、中に、
「殿様はそうおっしゃいますが、旭川の上流は流れが速く、また川幅が狭いので、とても山の方まで行けませんよ」
「そんなことはない」
直家は笑った。そして、
「櫂が使えなくなったら、綱を付けて岸から引け」
高瀬舟が導引された。まず、臨海地帯では獲れた魚介類や、また米・農作物などが山と積まれて運ばれて行った。川幅が狭くなって、船が漕ぎにくくなると住民たちは直家が示した、
「船に縄を付けて引っ張る」という方法を採った。空になった船には、山岳地帯で出来た炭・豆などを積んで帰ってきた。いってみれば、
「ノコギリ商法」だ。引いて押して、互いに利便を得ようとする人間の知恵だ。こうして、臨海地帯と山岳地帯との物品が次々と交換され、両地方に住む人々の生活が均等化された今でいう〝格差是正"だ。
◆使者 黒田官兵衛
ある日、一人の武士が訪ねてきた。黒田官兵衛と名乗った。中国地方で毛利と戦っている総大将の羽柴秀吉の軍師だという。南北問題に目を着けて、高瀬舟と直家の才覚に感心し、自分の補助をして欲しいと言い出した。秀吉の名は直家も知っていた。ただこう聞いた。
「羽柴殿をお使いになっているのは、織田信長様ですか」
官兵衛は頷いた。直家は決断した。
「では羽柴殿の陣に参ります。ただ私は織田信長公に仕えたいので、羽柴様の家臣になるわけではありません」
黒田官兵衛は鋭い目で直家を直視した。しかし自ら気を鎮め、やがて大きく頷いた。官兵衛も人物だから、
(世の中には、いろいろな考え方をする人間がいる)と思っていたからである。こうして直家の実験した〝高瀬舟〟の輸送は、その頃京都からやって来た商人が目を着けやがて京都で「高瀬川」が掘られ物流が始まる。
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