【小松泰信・地方の眼力】「農政」にあなたの嘘は通じない2020年3月25日
30年間の教員生活で虚言症の学生が一人いた。「あの学生は嘘つきです。気を付けてください」と、同僚から教えられていたが、自信満々に自己を正当化する「嘘」に、つい「こちらの勘違いだったかな」と不安になったことを思い出す。
「本当の詐欺師、嘘つきは、自分で嘘を言ったり、詐欺をしたりしている自覚がない」と語る枝野幸男氏(立憲民主党代表)の安倍首相批判は的を射ている。「嘘」がアベノウイルスに冒された者に特有の症状であることを、与党議員と官僚が証明している。
◆「食料自給率の向上」を捨てた自民党
日本農業新聞(3月25日付)には、3月24日に自民党が、農業基本政策検討委員会(小野寺五典委員長)などの合同会議で採択した、新たな食料・農業・農村基本計画などに関する決議(全文)を掲載している。「特に、農林水産物・食品の輸出については、わが国農業の持続性の確保に不可欠であり、拡大する海外市場の獲得に向けて、5兆円という極めて意欲的な目標が掲げられたことから、その実現に向けては、従来の施策の延長ではなく、新たな視点に立って必要な施策を十分に講じるとともに、官民ともに意識を変革して総力を挙げて取り組み、農業者の所得向上につなげていくことが重要である」と前文に記されているように、「輸出」至上主義的観点から書かれている。
本文には、政府が強力に推進すべき取り組みが5節にわたって書かれている。最初に書かれているのが「農林水産物・食品の輸出促進について」、それも4項立てで。むすびでも、「とりわけ、農林水産物・食品の輸出については、1兆円目標を前提とした現行の『農林水産業・地域の活力創造プラン』及び『TPP等関連政策大綱』を更新し、5兆円目標の達成に必要な施策を新たな視点から、既存施策を含めて見直した上で、思い切った施策を創設するとともに、その実行に必要な予算額の確保に万全を期すこと」と念の入れようには恐れ入る。輸出バブルの元凶がここにある。
さらに驚くべきことは、本文において「食料自給率」がまったく言及されていないことである。前文でも一カ所。それも輸出目標が実現されることによって「食料自給率の向上」が図られる、としか理解されない書きぶりで取り上げられている。
自民党が、「食料自給率の向上」に白旗を揚げたとすれば、食料自給率の向上を求める民意を無視したものと言えよう。
◆安倍農政を糺(ただ)すしんぶん赤旗と信濃毎日新聞
しんぶん赤旗(3月23日付)は、「食料自給率の2030年達成目標」を「食料・農業・農村基本計画」(案)における最大の柱の1つに位置付ける。それが現行計画と同じ45%であることに対して、「目標と現実の乖離は広がるばかり」であるにもかかわらず、乖離についての「まともな分析」が無いことに怒りを隠せない。
そして、「安倍政権の7年間は、『改革』と称して農地制度や農協法、種子法など家族農業や地域農業を支えてきた戦後農政の諸制度を解体する暴走の連続でした。輸入自由化のもとで『競争力』『効率』一辺倒の農政が押し付けられました」として、「食料自給率の向上、農村の振興といった基本法の理念を真剣に追求しようとするなら、『安倍農政』こそ根本から転換しなければなりません。農業者や消費者の声を反映し、農業と農村の実態を踏まえた農政こそ実現すべきです」と訴える。
「実現への道筋が見えてこない」の小見出しで始まる信濃毎日新聞(3月23日付)の社説も、「経済のグローバル化が進展する中で将来の食料安全保障をどう考えていくか。目標設定の在り方も含め、現実を踏まえた抜本的な議論に踏み込む必要がある」とする。
「『攻めの農業』を掲げる安倍晋三政権は、19年の1兆円達成を目標に輸出支援に力を入れてきた。海外の日本食ブームを背景に近年伸びていたが、ここに来て頭打ちの様相も示し始めている」ことから、基本計画(案)が「海外への販路拡大が国内生産の増大にもつながり、自給率の向上に寄与する」としていることに、「やや短絡的ではないか」と、当然の疑問を呈する。そして「輸出をばねに生産基盤を充実させる農業経営者はいるだろう。だが輸出の多くは海外の富裕層向けだ。自給率を左右するとは考えにくい」との指摘に異議はない。
最後は、「担い手をどう確保し、農地荒廃を食い止めるか。食料安保の土台となる取り組みを積み重ねなければ目標も説得力を持たない」と、本質から迫る。
◆興味深い3月24日付の日本農業新聞
日本農業新聞(3月24日付)は、まず1面で、グローバル化が進展する中で、自然災害や伝染病、輸送障害などのリスクも国外に広がっていることから、食料自給率が37%しかない我が国にとって、「食料安全保障の確立は、食料の安定供給に欠かせない課題」とする。「安い食料をいくらでも海外から調達できた時代は終わった」「今見つめ直さなければつけは生産者にとどまらず、消費者が払うことになる」と、危機意識に満ちたコメントを寄せているのは柴田明夫氏(資源・食糧問題研究所代表)。
2面で小谷あゆみ氏(農業ジャーナリスト)は、給食停止や自粛により、農産物消費拡大を国やJAが呼び掛けていることに、喫緊の重要性を認めた上で、「本来、農業・農村は、都市に助けを乞う社会のお荷物ではありません。都市の抱える病を、飢餓を、不安を、いつの時代も救ってきたのは農業・農村です」と痛快。「都市が、農の本当の価値に気付いたとき、国産消費をお願いする対処療法的なキャンペーンは不要になります。一体いつになれば農村は都市に頭を下げなくて済むのでしょう」と、都市と農村あるいは地方との歪んだ関係性を剔出(てきしゅつ)する。そして、「感染は抑えてもリスクゼロにはなりません。ならば時代における農の在り方として、農空間や場としての存在価値を示すことが双方を強くするはずです」と、重要な課題を提起する。
3面の論説では、政府が食料・農業・農村基本計画で掲げる飼料用米の生産努力目標が現行の110万トンから70万トンに引き下げる方針を示したことを取り上げ、「主食用米の需給と価格の安定とともに食料自給率の引き上げに向けて飼料自給率を高めていくためにも飼料用米の増産は欠かせない」として、「飼料用米への政府の手厚い助成が後退する『アリの一穴』」にならないように、「国は力強い支援を継続すべき」と、主張している。
そして、「自民党は昨年7月の参院選の公約に飼料用米などの本作化に向けた『水田フル活用の予算は責任を持って恒久的に確保する』と明記した。この約束を忘れることなく、同党には責任を持って必要な予算確保に取り組んでもらいたい」と、JAグループの機関紙ならではのドスを突きつける。
付言すれば、米の消費量が減退する中で、貴重な資源である水田を守り続けるためにも、飼料米生産は不可欠な営みである。
「地方の眼力」なめんなよ
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