【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】「復活」の基本計画2020年4月16日
2020年の新しい食料・農業・農村基本計画の特質は、前回の2015年と今回との「望ましい農業構造の姿」のスライドの比較が如実に物語っている。この点では、基本計画は、まっとうな方向に「復活」した。農水省のトップの交代があったとはいえ、「官邸農政」は続く中で、よくここまで「揺れ戻せた」というのが率直な印象である。あとは、具体的な肉付け(実現のための施策)が本当に伴うのか、見極めたい。
◆2015年と2020年の基本計画における「望ましい農業構造の姿」の変化
2015年と2020年のスライドを見比べると、一目瞭然なのは、2020年計画の図の右側と左側のうち、2015年計画では、右側がまったく同じで、左側がスッポリ抜け落ちていたことがわかる。
2015年計画は図の左側の「担い手」だけだったが、2020年計画には、農水省の一部部局の反対を抑えて、「その他の多様な経営体」が右に加えられ、これらを一体として捉えていることが明瞭に読み取れる。
「効率的かつ安定的な農業経営(主たる従事者が他産業従事者と同等の年間労働時間で地域における他産業従事者とそん色ない水準の生涯所得を確保し得る経営)になっている経営体及びそれを目指している経営体の両者を併せて「担い手」とする」点は変わらない。
しかし、「多様な経営体が我が国の農業を支えている現状を踏まえ、中山間地域等における地理的条件や、生産品目の特性など地域の実情に応じ、家族・法人の別など経営形態にかかわらず、経営改善を目指す農業経営体を担い手として育成する。」、「担い手に利用されていない農地を利用している中小規模の経営体等についても、持続的に農業生産を行い、担い手とともに地域社会を支えている実態を踏まえて、営農の継続が図られるよう配慮していく。また、担い手やその他の経営体を支える農作業支援者の役割にも留意する必要がある。」としている。
あくまで「担い手」を中心としつつも、規模の大小を問わず、半農半Xなども含む多様な農業経営体を、地域を支える重要な経営体として一体的に捉える姿勢が復活した。
◆有機農業やCSA(産消提携)の記述の復活と拡充
有機農業やCSA(産消提携)の記述の変遷も象徴的である。筆者は、これから、国民の健康、環境、地域を支えていくには、安全・安心な国産の食料生産を消費者が支える双方向ネットワークの強化が不可欠との認識を強めている。その観点からは、有機農業、CSA(産消提携)といった言葉がひとつのキーワードになってくる。
2015年計画では、「有機農産物」という用語が一箇所に出てくるだけで、なんと、有機農業という用語はどこにも見当たらないことを、國學院大學の久保田裕子教授が指摘されている。2010年計画 (筆者が企画部会長としてとりまとめた)では、「有機農業については、有機農業推進法に基づき、その取組の一層の拡大を図るため、......」、「有機農業に対する消費者理解の促進に向けた施策を推進する」ことなどが書き込まれていた。
2015年計画では消滅したが、今回の2020年計画では、SDGsへの言及とも関連して、「有機農業の更なる推進」、「生物多様性の保全」などが、かなり頻繁に書き込まれ、有機農業の位置づけは大きく挽回した。
CSAも、2010年計画では言及したが、前回の2015年計画では消え、今回、復活した。
◆今回の「復活」をどう評価するか
このように、前回の2015年計画は、狭い意味での経済効率の追及に傾斜した大規模・企業化路線の推進が全体を覆うものとなったが、今回の2020年計画は、前々回の2010年計画のよかった点を復活し、長期的・総合的視点から、多様な農業経営の重要性をしっかりと位置付けて、「揺れ戻した」「バランスを回復した」感がある。
農水省のトップは交代したとはいえ、「官邸農政」が基本的に続く中で、省内の「抵抗勢力」(攻守逆転の感)を抑えて、バランスのとれた基本計画がある程度復活したことは、よい意味で驚きであり、その尽力には敬意を表したい(これまでのように頑張った人たちが処分されることがないことを祈る)。
そして、見極めはこれからである。基本計画が「絵に描いた餅」では何の意味もない。基本計画の精神が本当に実際の政策に具体的に結実するかどうかである。
すでに、これまで現場で頑張ってきた農林漁家を非効率な者として、強引に特定企業にビジネスを乗っ取らせることを促進するような法律がどんどんできてしまっている。これをまっとうな方向に引き戻せるのか、「復活の基本計画」の真価が問われる。
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