【熊野孝文・米マーケット情報】中国のコメ先物取引出来高急増が意味するもの2020年4月21日
加工用原料米の扱い数量では全国でトップクラスの米穀業者の経営者に2年産加工用米はどうするつもりなのか聞いてみた。「まったく白紙の状態。お天道様が出てきて、今日一日無事過ごせれば良い」と言う返事が帰って来た。達観しているわけではなく、外食店などでは家賃も払えなくなるところが急増するなど、新型コロナウイルスの影響は日々深刻さを増しており、先のことを考える余裕も無くなったという心情を吐露したのである。外食店を取引先に抱える米穀店の売上減少も深刻で、このままでは立ち行かなくなるため経営存続のため支援を求める声が強まっている。あまりにも影響が広範囲でかつ複層しているため先のことを見通せる状況にはないというのが現状だ。
そうした中、中国語が堪能な才女から「中国のコメ先物取引の出来高が急増している」と言うメールが送られて来た。具体的には世界有数の商品先物取引所である大連商品交易所のジャポニカ米(粳米)の出来高が前月に比べ6倍の140万トンになっているとのこと。中国のコメ先物取引をウオッチしている農水省の担当者に聞いてみると、コメ先物取引の出来高が急増し値上がりしている原因は、新型コロナウイルスの影響でタイから中国向けに輸出されているコメに禁輸措置が実施されるのではないかという情報が流れたためだという。
中国でコメの先物取引を行っている取引所は鄭州商品取引所と大連商品交易所の2つがあり、この内、大連商品交易所は昨年の8月16日からジャポニカ米の先物取引を始めた。この取引所はトウモロコシや大豆の他、パーム油など11品目の農産物以外に原料石炭、鉄鉱石など7つの工業商品を上場する世界でも有数の取引所で、そこに新たにジャポニカ米を上場した。中国ではコメの生産量が多いのはインディカ米だが、近年ジャポニカ米の人気が高まり、黒竜江省、江蘇省、遼寧省中心に5000万トンも生産するようになっている。昨年の8月16日は奇しくも日本の大阪堂島商品取引所がコメの本上場を農水省に申請した日でもある。
その時、コメが先物市場に本上場されるよう要請書に署名した90名の生産者の中の1人は「全農がコメ先物市場に反対と言うのであれば堂々と議論すべきである。本上場されれば、海外に向けて輸出される際に輸出地での値決めもやりやすくなるが、それができなくなった。折しも中国の大連でジャポニカ米が先物市場に上場されるというニュースがあった。中国の先物市場で形成される価格がジャポニカ種の指標になってしまう」と懸念している。大連商品交易所が共用品として新潟コシヒカリを売買、値決めするようになったら日本のコメの価格は中国で決まるようになると記した。現在の大連商品交易のジャポニカ米先物取引の出来高をみると、それが現実になる可能性がある。
日本のコメ先物取引は今月21日から宮城ひとぼれが上場され、東京コメ、新潟コシ、秋田こまちに続き4商品に増える。ところが1ヶ月の出来高は全部合わせても3万トン程度で中国の1商品に比べ50分の1に過ぎない。ジャポニカ米の価格形成がどこで行われているのか問われると日本で行われていると答える人はいないだろう。新しく上場される宮城ひとめぼれは「宮城ひとめ18」と称される。18とは受渡し枚数が1枚18俵を意味している。大連商品交易所のジャポニカ種の売買単位は1手(枚)10トンで、日本の10倍である。1枚当たりの売買単位からしてこれだけ違うのだから同じコメ先物取引所として比べようがない。堂島取としては当業者が参加しやすくして売買高が増える様に1枚当たりのロット数を小さくしたのは分かるが、これで世界のジャポニカ米の価格形成の指標になるとは思っていないはずである。そんなことは指摘されなくても百も承知なのだか、そうせざるを得ないほど堂島取は追い込まれている。
日本と同じ島国であるイギリスには石油の先物取引所があり、世界有数の取引高で国際的な石油価格の指標になっている。日本は国策として国産農林水産物・食品を2030年までに5兆円にするという大目標を掲げ、なかでもコメは重要産品である。その価格が日本ではなく中国で決まる様になったらどうするのか? ジャポニカ米はその名の通り、日本のコメ先物取引所で価格が形成されるという戦略を立てられないのか? 農水省に大連商品交易所が新潟コシヒカリを共用品に加えたらどうするのか聞いてみた。答えは「新潟コシヒカリは現地のジャポニカ米に比べ5倍もするのでその心配はありません」。
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(株)米穀新聞社記者・熊野孝文氏のコラム【米マーケット情報】
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