【小松泰信・地方の眼力】コロナが迫る人間中心主義の放棄2020年4月22日
「観光客のいなくなった伊ベネチアの水路。悠然と泳ぐクラゲの姿を生物学者が撮影した。水面がベネチアの歴史的建造物を反射して、まるでクラゲが建物の間をゆらゆらと漂っているようにも見える。引き潮と水上交通量の減少により、水質が大幅に改善している」という字幕付き映像を紹介しているのは、ロイター日本語サイト編集部の公式ツイッター。自然界にとっては人間の方が、許しがたいウイルス的存在なのだろう。
◆許しがたい医療従事者への差別
東京新聞(4月21日付)のコラムは、「新型コロナウイルスの感染が拡大する中、医療従事者の最前線での懸命な努力が続く。マスクや防護服も十分ではない。疲労に加え、自身やあるいは家族が感染するかもしれぬという不安。それでも歯を食いしばっている。頭が下がる▼医療従事者の人を思う心の強さや、使命感に頼ってばかりではいられまい。人のため、世の中のためにと、立ち向かう医療従事者をわれわれもまた同じ心で支えたい」と、医療従事者への感謝の意を記している。
確かに、建物のライトアップや医療従事者への拍手などで、最前線で奮闘する人々に謝意や連帯を示す動きが広がっている。
しかしその一方で、差別や嫌がらせも少なくない。
NHK福井放送局のNEWSWEB(4月16日23時14分)によれば、4月16日に、窪田裕行福井県健康福祉部長は、「県内で167人の新人看護師が、県内の医療現場に就業しております。この突然のコロナウイルスの感染拡大によりまして、卒業式もできずに、それから共に学んだ友人に会うことも叶わずにですね、ウイルスとの戦いの最前線に投入されているという状況であります。ところがこのような新人看護師に対しても周囲から配慮のない声が出ている。唯一、安らぎをもとめられるであろう家に帰るのも躊躇されるという声も聞くわけでございます」と、看護師など医療従事者に対する風評被害の実態を訴え、「県民みんなで立ち向かうことが必要で、医療関係者をみんなで支えていきたい」と、述べた。
また4月18日のNHKおはよう日本は、医療従事者の親族が介護施設の利用を見合わせるように求められたり、医師などがタクシーから乗車を拒否されたりするケースがあったことを伝えた。
◆情けない患者や家族への嫌がらせ
医療従事者に対してさえもこの有様。患者やその家族に対してなら推して知るべし。
CBCテレビ(4月20日18時56分配信)によれば、三重県の鈴木英敬知事は、4月20日の会見で、新型コロナウイルスの患者や家族の家に、石が投げ込まれたり、壁に落書きされるなどの被害が三重県内であったことを公表し、「誰がいつどこで感染するかわからない中、傷つけ合っても意味がない」「感染による差別は、絶対にあってはならない。差別が起きないよう呼びかけていく」と語った。
日本経済新聞(4月17日付夕刊)も、「新型コロナの専門外来がある関東の総合病院では3月、医師や看護師らをストレスチェックした結果、1割以上がうつ病などの恐れがあると指摘されたという。4月に入り、離職者が相次ぐ病院が出始め、感染者を受け入れた病院の医師や看護師、その家族らが差別的な扱いを受けるケースも報告されている」ことや、新型コロナの治療に当たる看護師が「同僚にも『汚い』などと陰口を言われるのがつらい」と語っていることを紹介している。
ちなみに、当コラムが住む岡山県内でも、感染者の家に心ない張り紙が貼られ、転居に追い込まれたそうだ。ヒトが二次被害、三次被害を生んでいる。
◆日本はもはや先進国ではない
「サンデー毎日」(5月3日号)で白井聡氏(京都精華大学専任講師、政治学)は、「犬でも猫でもよいから安倍晋三にとって代わらせるべき局面」とバッサリ斬ったうえで、「コロナ危機への対処において目を瞠(みは)らされたのは台湾と韓国である。両国は、民主的な政府は同時に危機において機能する政府でもあることを証明してみせた。......両国の民衆は『民主的で有能な政府』をタダで手に入れたのではないし、そんな政府が突然天から降ってきたのでもない。権威主義的独裁体制との永年の激しい闘争、多大の犠牲を伴う闘争によって、彼らはそうした政府を手に入れたのである。翻って、安倍政権を永らく支えてきたのは、完成した奴隷根性と泥沼のような無関心である」として、「日本はもはや先進国ではない」とする。
さらに、「コロナ危機が近代(=資本主義の時代)に終止符を打つのではないかという見解が根拠なきものだとは、私は思わない。近代の本質がヒューマニズム(人間中心主義)であったとすれば、近代の終わりはその終焉」、すなわち人間中心主義の終焉を意味していると言う。そして、「産業の停止による大気汚染の緩和によって救われる命の方が、ウイルスによる死者よりも多いかも知れない」という環境学者の言説を、「ひとつの可能性を示唆」するものとして注目する。
「その可能性とは、人間が人間中心主義を放棄することが直接に人間の幸福に寄与する可能性」であり、そこから、「コロナ危機はその可能性が開花する世界への転換をわれわれに要求している」として、ポスト・コロナ禍において人類が歩まざるを得ない道を示している。
◆自然共生型の社会構造にむけて舵を切れ
「今回の感染拡大には、生物多様性が深く関わっています」で始まるのは、毎日新聞(4月21日付)の「緊急事態を生きる」というコーナーで語る五箇公一氏(保全生態学)。「病原体にも本来の生息地があり、宿主と共に進化しつつ生態系を作っています。それを破壊し、持ち出すと感染症の問題が起きる」としたうえで、「新型コロナウイルスのような新興感染症は、野生生物由来と考えられます。産業革命以降、自然の開発や破壊が進み、ウイルスが噴き出してきました。交通網の発達で今までにない速さで世界に広まり、これからも人間社会に繰り返しやってきます」と語る。そして、「経済発展による非持続的な社会をパンデミックが止めたのかもしれず、1~2年で終わる問題ではないでしょう。これを機に、グローバル経済より足元の地域経済に目を向け、里山を生かした自然共生型の社会構造へと転換することも考えてみるべきです。暮らし方改革で持続的な社会をつくることで、自然からの災禍も乗り越えられるでしょう」と、冷静に超長期展望に立った重い課題を投げかけている。
もちろん、「農業、農村の出番です。農業、農村、農家、そして農業協同組合は自然共生型社会づくりに、直ちに舵を切りましょう」と、言える客観的状況にはない。しかし、多面的機能の供給主体として、舵を切れる、あるいは舵を切らねばならないことも事実である。もしこの道を歩み始めなければ、われわれはコロナウイルスの恐怖におびえ続けることになる。
「地方の眼力」なめんなよ
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