【森島 賢・正義派の農政論】学術論文の作法2020年5月11日
政府は、新型肺炎について、緊急事態宣言の期間を延長した。そうして国民に対し、これまでの外出自粛を少し緩めるが、今後も続けよという。
世間には、やや楽観的な空気が漂いはじめている。その原因は、疫学でいう「再生産数」が、外出の自粛によって小さくなった、というからである。
この「再生産数」モデルが怪しい。小さくなったことを実証した論文を、公表していない。
だから国民は、楽観的な空気の中で、しかし疑念を拭いきれないでいる。政府の言うことを受け入れて外出を自粛すれば、事態が終息するのかどうか、という疑念である。
「再生産数」モデルは、疫学の基本的なモデルらしい。筆者は、この分野の専門家ではないが、新型肺炎対策で重要な役割りを果たしているので、その範囲で批判しよう。
再生産数」モデルは、それほど複雑なモデルではない。その骨格は、多くの分野で使われている、単純な成長モデルであり、減衰モデルである。つまり、或るものが一定の率で増減する場合のモデルである。
新型肺炎の場合、政府が緊急事態宣言を発したとき、安倍首相は国民に対して、外出を最低7割、極力8割、自粛することを要求した。そのとき、根拠にしたものが、首相の近くにいる疫学の、いわゆる専門家が作った、このモデルである。
このモデルによれば、8割の自粛をすれば、34日後には新しく感染する人は、ほとんどゼロになる、終息するといった。
しかし、34日後の今でも終息していない。
◇
なぜ間違ったのか。
このモデルで推計すべきものは、感染者数の減少率しかない。それを「再生産数」といっている。これは、新しく感染者になった1人の人が、その後、平均して何人の人に感染させたか、という数である。だから、この数の次元を考えれば「再生産率」というべきだが、それは、小さな問題である。
このモデルの大きな問題は、この点ではなく、実態の全てを「再生産数」という1つの数字で表していることにある。
いったい、どのようにして再生産数を推計したのか。
◇
専門家の学術的な論文として、死活的に重要なことは、その内容を、第3者が再現できることである。つまり、第3者が同じ資料を使い、同じ計算をすれば、同じ結果が得られるということである。これは学術論文のもっとも初歩的な作法である。このモデルでは、いったい、どんな資料を使い、どんな計算をすれば、再生産数がいくつになり、34日で新型肺炎が終息することになるのか。このことを示していない。このような研究は、学術研究とはいえない。ただの願文にすぎない。
◇
問題は2つある。
1つは、「再生産数」を推計できるほどに実態をあらわしている資料が、存在していないことにある。新しく感染者になった人の数さえ、実際の数とは、かけ離れて少ない。実際の感染者数は、公表資料の感染者数の4~5から40倍ていど大勢いるという。10倍くらいだろう、という専門家は多い。検査数そのものが少ないからである。
そうした怪しげな資料を使って推計しているのだろう。あるいは、その一部に恣意的な数字を使っているのかもしれない。
もう1つは、80%の外出自粛で34日後に新型肺炎が終息する、という計算である。ここでは、どんな資料を使い、どんな仮定のもとで、どんな計算をして導き出したのかが分からない。スマホから得られるビッグデータを使っているようだが、その詳細を示していない。これでは議論のしようがない。
◇
専門家の余技としての感想なら、それでいいかも知れない。しかし、いま世界を揺るがしている大問題にかかわっている。余技では許されない。
なぜ、このような事態になったのか、そこから脱出するには、どんな対策を講じるべきか、それを専門家らしく研究し、学術的に論じて、世に問うことが、専門科学者としての社会的責務ではないのか。検査体制を抜本的に改善し、検査数を大幅に増やして実態に肉薄し、そこから得られる良質な資料を使って、学術的な議論を展開し、公表しなければならない。
(2020.05.11)
(前回 日本型の新型肺炎対策の失敗)
(前々回 天地を以て経文とす)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)
重要な記事
最新の記事
-
米農家(個人経営体)の「時給」63円 23年、農業経営統計調査(確報)から試算 所得補償の必要性示唆2025年4月2日
-
移植水稲の初期病害虫防除 IPM防除核に環境に優しく(1)【サステナ防除のすすめ2025】2025年4月2日
-
移植水稲の初期病害虫防除 IPM防除核に環境に優しく(2)【サステナ防除のすすめ2025】2025年4月2日
-
変革恐れずチャレンジを JA共済連入会式2025年4月2日
-
「令和の百姓一揆」と「正念場」【小松泰信・地方の眼力】2025年4月2日
-
JAみやざき 中央会、信連、経済連を統合 4月1日2025年4月2日
-
サステナブルな取組を発信「第2回みどり戦略学生チャレンジ」参加登録開始 農水省2025年4月2日
-
JA全農×不二家「ニッポンエール パレッティエ(レモンタルト)」新発売2025年4月2日
-
姿かたちは美しく味はピカイチ 砂地のやわらかさがおいしさの秘密 JAあいち中央2025年4月2日
-
県産コシヒカリとわかめ使った「非常時持出米」 防災備蓄はもちろん、キャンプやピクニックにも JAみえきた2025年4月2日
-
霊峰・早池峰の恵みが熟成 ワイン「五月長根」は神秘の味わい JA全農いわて2025年4月2日
-
JA農業機械大展示会 6月27、28日にツインメッセ静岡で開催 静岡県下農業協同組合と静岡県経済農業協同組合連合会2025年4月2日
-
【役員人事】農林中金全共連アセットマネジメント(4月1日付)2025年4月2日
-
【人事異動】JA全中(4月1日付)2025年4月2日
-
【スマート農業の風】(13)ロボット農機の運用は農業を救えるのか2025年4月2日
-
外食市場調査2月度 市場規模は2939億円 2か月連続で9割台に回復2025年4月2日
-
JAグループによる起業家育成プログラム「GROW&BLOOM」第2期募集開始 あぐラボ2025年4月2日
-
「八百結びの作物」が「マタニティフード認定」取得 壌結合同会社2025年4月2日
-
全国産直食材アワードを発表 消費者の高評価を受けた生産者を選出 「産直アウル」2025年4月2日
-
九州農業ウィーク(ジェイアグリ九州)5月28~30日に開催 RXジャパン2025年4月2日