火事場泥棒の次なる獲物【小松泰信・地方の眼力】2020年5月20日
中谷元氏(自民党・元防衛相)は5月18日夕刻、Choose Life Projectが実施したインターネットライブ番組に出演し、いわく付きの検察庁法改正案について、「(黒川検事長の定年延長が)突然、閣議決定で決まりましたということで、びっくりした」、「国会の審議を見ていても、理由とか手続きに瑕疵はないとか、決定の基準はこれから検討しますということで、非常に許されない答弁が続いている。これでは国民の理解は到底得られないという気がします」と話した。
氏の後ろに見えていたのが「巧詐不如拙誠(こうさはせっせいにしかず)」との一幅。「いかに巧妙でも嘘は嘘。誠実な言動には敵わない」ことを教えている。世の中、こうありたいもの。
◆検察庁法の次
検察庁法改正案は、1人の女性が発した「#検察庁法改正案に抗議します」に寄せられた記録的な賛意、元検事総長ら14名による格調高き意見書、さらには元特捜検事有志38名による意見書等々による反対世論の高まりで、今国会での採決断念、次期臨時国会送りとなった。まだ終わってはいない。廃案あるのみ。
毎日新聞(5月19日付、大阪版)には、「政府はツイッター上の盛り上がりなどを見て、危機感を持ったのだろう。世論が反映されたことは前向きに捉えており、『声が通って良かったな』という感じ」「新型コロナウイルス禍の中で種苗法改正案提出など『火事場泥棒』のような政府の動きもあり、今後も推移を見守りたい」との疋田万里氏(メディアプロデューサー)によるコメントが紹介されている。
「火事場泥棒は、検察庁法の次に種苗法を狙っていますよ」という、親切なアドバイスを謙虚に引き継ぐことにする。
◆江藤大臣、本当に大丈夫と思っていますか
日本農業新聞(5月20日付)によれば、江藤拓農相は19日の会見で、政府が今国会に提出した種苗法改正案に言及した。改正案は、品種登録時に利用条件を付け、優良品種の海外流出や育成した地域以外での栽培を制限できるようにするのが柱で、登録品種の自家増殖(採種)については許諾制にすることになっている。
現種苗法において、農業者の権利として保護されている自家増殖(採種)権を認めず、許諾制にすることには少なからぬ反対意見が出されており、すんなりとはいかない。
この点について江藤氏は、「注目が集まっているようだが、一般品種は何の制限もない」と語り、品目ごとに許諾制の対象にならない一般品種の割合を示し、「登録品種は多くない」とする。自家増殖(採種)の許諾制を取り入れるのは、かつてイチゴやシャインマスカットが自家増殖によって海外に流出した苦い経験に基づくもの。二度と起こさぬためにも、改正案の早期審議の必要性を強調している。
許諾料については、「一般品種が多いので、許諾料をいっぱい払わなければいけないといった状況は想定されない」とのこと。
記事では、品種開発を手がける国立研究開発法人の農研機構が、法改正後「料金を上げることはあり得ない」と述べていることを紹介している。ただしここは、公的機関であって、民間ではないことに要注意。
◆農家の負担は確実に増える
北海道新聞(5月12日付)の社説は、重要な知的財産にも関わらず、「現行法には海外流出を規制する条項がなく、法改正によって優れた国産ブランドの保護を図る趣旨」には賛意を示している。
しかし、「作物からの種取りや株分けは、長年認められてきた農家の権利」であり、それが規制されることには懸念を示し、「現場の生産意欲を奪うことのないよう、制度運用の在り方について議論を尽くしてもらいたい」とする。
さらに、自家増殖に際して開発者の許諾を得なければならなくなることに対して、「海外の巨大種苗企業が日本で品種登録し、高額な許諾料を設定する事態が頻発しかねない」ことを危惧する。
これは決して杞憂ではない。低コスト化による競争力強化をひとつ覚えで言い続ける安倍農政だが、明らかに精神的経済的負担を農家に課すことになる。
最後に、「農業従事者が減少し、食料自給率が低迷する現状にあって、農家の負担をこれ以上増やさない仕組みづくりが求められる。やみくもに民間開放を進める発想を転換し、品種開発で成果を上げてきた都道府県を改めて後押しする制度も必要」とする。
◆不要不急の種苗法
東京新聞(5月14日付)は、川田龍平氏(立憲民主党・参院議員)が13日のオンライン記者会見で「国民に不要不急の外出は控えなさいとか言ってる時に、なぜ政府が不要不急の種苗法を通そうとするのか」と訴えたこと、さらに同法案が「企業の利益保護に偏りすぎて地域農業を守るという視点がない」ことを問題視し、登録されていない在来品種を目録にし、農家が自家増殖する「権利」を守る内容の「在来種保全法案」を今国会で緊急提案しようと急いでいることを伝えている。
同じコーナーで、鈴木宣弘氏(東京大教授・農業経済学)も、「多国籍企業が種苗を独占していく手段として悪用される危険がある」「種苗法が改正されると、農家は常に種を買わないといけなくなる。種のコストが高まる。『種を持つものが世界を制す』とはいう。これでは日本の食は守れない。南米やインドでは在来種を守ろうという抵抗が農家や市民から起きている。国民が知らぬ間の法改正はあってはならない。日本の市民はもっと関心を向け、引き戻しの議論をしてほしい」と訴えている。
◆有効な対策は「海外での品種登録のみ」
農民運動全国連合会(農民連)が呼び掛ける「種苗法『改定』の中止を求める請願署名」の【請願の趣旨】には、極めて重要な事実が記されている。
「農水省は今回の改正が『日本国内で開発された品種の海外流出防止のため』であることを強調しています。しかし、これまで農水省は、『海外への登録品種の持ち出しや海外での無断増殖を全て防ぐことは物理的に困難であり、有効な対策は海外での品種登録を行うことが唯一の方法である』としてきました(2017年11月付け食料産業局知的財産課)。今回、海外での育成者権の保護強化のために国内農家の自家増殖を禁ずることに何ら必然性はありません」
江藤大臣と農水官僚には、「巧詐不如拙誠」の意を体して、丁寧な説明が求められる。
「地方の眼力」なめんなよ
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