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種苗問題は「いのち」への問いかけ【小松泰信・地方の眼力】2020年5月27日

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【小松泰信・(一社)長野県農協地域開発機構研究所長】

西日本新聞(5月17日付)によれば、「ご飯論法」の迷手で、「ですから加藤」とあだ名を有する加藤勝信厚生労働相が、新型コロナウイルス感染症対策を巡る「失言」への対応に苦慮しているそうだ。その失言とは、5月8日の記者会見で、「37.5度以上の発熱が4日以上続く場合を、事実上の検査基準」と見なしてきた受診希望者の認識を、「相談の目安が、受診の基準のようになっているのはわれわれから見れば誤解だ」と強調したことである。

komatsu_honbun.jpg◆先送りされた種苗法改正案に関する「誤解」

「誤解」という言葉、聞き手側の「理解」能力に問題があることを臭わす、政治家が重用する責任転嫁の常とう句。
日本農業新聞(5月23日付)によれば、江藤拓農水相も22日の閣議後会見で、種苗法改正案を巡り、「(ネットなどの意見で)農家が非常に厳しい立場に追い込まれるのではないかとの発言もあったと聞いているが、誤解がある」と、活用している。
政府・与党は、この改正案の今国会における成立を見送る方針を固め、次期臨時国会での成立を目指している。
江藤氏は、「国民の皆さまに法案の必要性や疑念に思っている点は十分説明できる」と自信満々のご様子。
安倍首相や森法相を真似ることなく、真摯に、丁寧に、誤解を生ませない言葉と数字を提示して、説明されることを切に願う。

 
◆それでも改正に大義なし

中国新聞(5月25日付)の社説は、登録品種の種苗の海外流出防止策として、改正案の意義を認めつつも、「それと引き換えに農家に長年認められてきた自家増殖を制限する点」を問題とする。自家増殖に際しての許諾請求事務手続(精神的時間的コスト)。自家増殖を断念したときに生じる種苗購入費(経済的コスト)や「農業の多様性の喪失コスト」。これらのコスト負担による、「生産現場の意欲減退・喪失」を危惧している。
そして、「市場原理の中で開発者の保護を優先し、農家を種苗の『消費者』としてしか見ていないようにも映る」とした上で、「農業の発展は、その土地に根を張る小さな農家の存在あってこそである。そんな農家を守る視点が、知的財産を守る視点と共に必要ではないか。私たちの食を支える重大な問題である。政府は結論を急ぐことなく、農家の疑義や不安に答え、議論を深めなくてはならない」と、正鵠を射る。
京都新聞(5月22日付)の社説も、政府が2018年4月に主要農作物種子法を廃止したことを指摘し、その流れからも「種苗開発の主軸を公的機関から民間へと移そうとしているのは明らか」とし、「開発者の権利」と「栽培する側の権利」とのバランスを欠けば食の安定供給にもかかわってくることから、「重要なのは、政府が公共財としての種苗の役割を見失わず、農家を守る視点を持つことだ」と結ぶ。

 
◆危機感を募らせる国連世界食糧計画(WFP)

国連世界食糧計画(WFP)は21日、新型コロナウイルス感染症による経済への影響から、世界で食料不足に見舞われる人の数が、今年はほぼ2倍に増加して2億6500万人に迫る可能性があるとのリポートを発表した。新型コロナ関連で失われる観光収入、海外からの送金減少、移動その他の規制などにより、今年新たに飢餓に見舞われる人は約1億3000万人となる見込み。既にその状態にある人は約1億3500万人という。(ジュネーブ、5月21日、ロイター)
毎日新聞(5月27日付)には、WFPチーフエコノミストのアリフ・フセイン氏のインタビュー記事が載っている。
氏は、「今回の感染拡大は(食料の)供給側と需要側の双方に同時に、グローバルな規模で打撃を与えている。これは過去に例がなく、先行きも見通せない。エイズや結核など、これまでの他のどの病気と比べても経済的な被害が大きい。パンデミック(世界的大流行)が終息するには数年かかるとも言われる中、農業部門には特別注意を払う必要がある。(物流が滞り)十分な種や肥料が手に入らなければ、作物を育てたり、収穫したりできない。病気そのものへの対応に加え、食料生産がきちんと継続できるようにすることが大切だ」と指摘する。
そして「政府は物資の輸出を禁止してはいけない。そういった行為は非生産的であり、他国に悪影響をもたらす。また、人為的に食料価格を上げてはいけない。失業などにより人々の購買力は以前よりずっと落ちている」と警告し、「新型コロナの問題は、世界中で場所や貧富、民族などに関係なく関わってくる。グローバル化され、各国の経済が密接に関わる中、自国だけ安全ということはあり得ない。世界中の人々が協力して問題解決に当たることが必要だ」と呼びかけている。

 
◆それでも進む食料囲い込み

残念ながら、フセイン氏をインタビューした同紙の平野光芳氏は、「3月以降、ロシアやウクライナ、ベトナムなどが農産物の輸出について上限を設けたり、禁止したりする措置を取った」ことを示し、「新型コロナの感染拡大で将来への不安が高まる中、自国に食料を囲い込む動きは既に出ている」とする。加えて、「現状では世界的に食料価格が高騰しているとまでは言えないが、過去には例がある。2007~08年にかけて、バイオ燃料向けの穀物需要増や、原油値上がりによる輸送コストの増大など多くの要素が重なり、世界的に食料価格が上昇。各地の貧困層を直撃した」ことを紹介している。

 
◆笑うに笑えぬ米国からの人工呼吸器輸入

「農業部門には特別注意を払う必要がある」「十分な種」「食料生産がきちんと継続できる」とのフセイン氏の指摘は、コロナ禍だから重要なわけではない。コロナ禍が世界中に突きつけた根源的な重要課題である。
そして、世界中の人々の「いのち」の有り様についての問いかけである。
毎日新聞(5月27日)は、「新型コロナウイルスの感染が再び広がる『第2波』に備え、政府が米国から人工呼吸器約1000台を購入する調整を進めている」ことを伝えている。安倍首相が8日にトランプ氏と電話協議した際に購入を決めたそうだ。国内でも増産を進めているが、政府高官は「次に備えて持っておいた方がよいという判断だ」とのこと。
朝日新聞DITAL(5月25日19:17配信)によれば、米政府から「つくりすぎて困っている」との打診に、「不足は起きていない」といったんは回答したが、トップ交渉でお買い上げ~。もちろん宗主様は上機嫌だったそうだ。
実質的植民地として生殺与奪の権を米国に握られている日本が、米製人工呼吸器の処分地となるとは、まさに象徴的出来事。
我が国の種苗を守ることの意義は、とてつもなく大きい。
「地方の眼力」なめんなよ

 

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小松泰信氏のコラム【地方の眼力】

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