保温折衷苗代と誘蛾灯【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第104回2020年6月25日
私が保温折衷苗代の作業を初めて手伝ったのは1949年、私の中学生のころではなかったかと思う。農業改良普及所の指導を受けて率先して導入したようで、近隣の地域よりその導入が早かったと記憶している。
保温折衷苗代とは次のようなものである。
まず、苗代田に水面よりやや高く土を盛り上げて短冊形の苗床をつくり、その表面に芽出しした種子を播き、その上に焼いた籾殻を厚めにかぶせる。さらにその上を油紙で被覆し、その油紙の上にじぐざぐに縄を張って、また油紙の周囲を泥で押さえて風などで飛ばないようにし、保温する。気温がかなり上昇して苗も大きくなった頃に覆いを外し、水苗代と同様に灌水して育てる。
こういうものだが、これは冷害回避のために長野県の農民が1942(昭17)年に開発したものであった。すなわち、冷害にあわないようにするためには8月初旬のもっとも暑い時期に出穂するようにしなければならない。そのためには早い田植えが必要となる。それに合わせて早く種子を播かなければならない。ところが、寒冷地で早播きすると低温障害を受けたり、病気にかかったりして、なかなか健全な苗が育たない。これを解決するためには苗を保温して育てればいい。こうした考えから今言った保温折衷苗代を開発したのであるが、苗代の温度が高いので今までよりも10~15日も早く播種でき、それに対応して田植えも早くできる。そうすると生育は早まり、出穂期にうまく高温期を合わせることができる。つまり生育初期から中期にかけての低温による生育の遅れで稔実不良となる冷害、いわゆる「遅延型冷害」は回避できる。まさにこれは画期的な技術だった。
とはいっても私などは、種子を播いたばかりの苗代の湿った土の上に油紙を敷き、縄でそれを押さえるのを手伝わされたとき、はたしてこれで芽が出るのだろうか、油紙でかえって苗の伸びが抑えられるのではないかと心配したものだった。
田植えのときも心配だった。今までよりもかなり速く寒さすら感じる時期に、しかも今までよりもかなり小さい、かわいいとさえ思える苗を移植する、これで本当に育つのかと。大きい苗を移植するときよりは楽に田植えができたが、
この保温折衷苗代の真価が発揮されたのは、1954(昭29)年の冷害だった。
ちょうどその頃私は仙台で学生生活を送っていたが、6月の半ばから始まった仙台の梅雨は7月末になっても続き、毎日毎日寒い日が続いた。日本海側で育った私にとっては初めての梅雨らしい梅雨を体験したと思っていたのだが、それがやませの影響でもあるというのはかなり後でわかった。当然稲にはよくない。仙台ばかりでなく、東北は戦後最大の冷害となった。
しかし、保温折衷苗代で早播き早植えした農家の被害は相対的に軽かった。平年次でも多収が可能だった。それで保温折衷苗代の普及は加速度的に進み、1960年頃には東北の水田の6割以上に保温折衷苗代の苗が植えられるようになった。なおそのころには油紙の代わりにビニールやポリエチレンが用いられるようになっていた。私の生家もそうだった。
この保温折衷苗代の普及は稲作技術の新しい未来を示すもの、みんな競ってこうした新技術の導入、開発に努めるようになった。暮らしはまだ厳しかったが、みんなみんな前を向いていた、明るかった。
1950年ころの夏、夕方になると田んぼの中に青紫色の光が点々とともった。「誘蛾灯」である。青から緑の色に害虫が引きつけられる習性を利用し、青紫色の電灯を地域の農家が協力して田んぼのなかに立て、夜暗くなるとそれを灯して蛾などの害虫を誘い寄せ、その電灯のすぐ下に水の入った容器をおいて集まってきた虫を溺れさせ、駆除するのである。
この誘蛾灯がともり始める頃、田畑に出ていた農民は一日の野良仕事を終わらせて家に引き上げる。蛙の声しか聞こえない真っ暗な田んぼに誘蛾灯だけが残る。当時は街灯もほとんどなし、家々の電灯も多くなく、しかもそれはあまり明るくないし、車も少なくましてや夜はほとんど走っていなかったので、ますます誘蛾灯の青紫の光が暗闇のなかに映えた。高い建物もなし、遠くの誘蛾灯の光も点々と小さく輝く。夢まぼろしのような夜景で、俳句か短歌に詠みたいと思ったほど(もちろん私の能力では詠めるわけはなかったが)、誘蛾灯は俳句の季語にもなった。
誘蛾灯は農業の電化を始めとする戦後の稲作技術の発展の始まりを示すものであり、日本の農業、農村の明るい未来を示すような気がしたものだった。
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