(191)食べ方の前にそびえる「〇〇の壁」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2020年7月31日
「理解できない相手を、人は互いにバカだと思う」という有名なフレーズで一躍大ベストセラーとなった養老孟司先生の『バカの壁』という本、ご記憶にある方も多いと思います。初版は2003年、時間が経つのがいかに早いかを再認識した次第です。
もしかしたら、普段何気なく食べている食べ物も、あまりにも当たり前すぎるが故に無意識に想定している「壁」があるのかもしれません。それを「バカの壁」というかどうかは別にして、少し考えてみたいと思います。事例は「もち米」です。
日本人に限らず、東アジアの稲作文化圏に住む人々にとってコメは不可欠な食材である。学者はコメとは言わずイネと言い、ジャポニカ、インディカ、ジャパニカなど、様々な分類をするが、これはコラムであるため以下はコメで通す。コメの分類は他にも、水稲と陸稲、さらに軟質米と硬質米やら、飯用米と酒造米、などがあるが、我々が普段よく目にするものは「粳米(うるち)と糯米(もちごめ)」である。
なかでも糯米(以下、もち米)は、日本人の食生活の中では比較的ハレの行事に供されることが多い。もち米を使用した代表的な料理はお祝いの時の「赤飯」である。また、「おこわ」「ちまき」「おはぎ」「いかめし」などがすぐに思い浮かぶ。
単身赴任の男性にも人気があるレシピサイト「クックパッド」で「もち米」と検索すると、9568品(2020年7月30日時点)のレシピが掲載されている。とても全てを確認できなかったが、多くは先に述べた食べ方のバリエーションである。
ところで、現在の日本のもち米生産数量はどの程度か。公表資料(農林水産省「米穀の農産物検査」各年)を見ると、過去10年間で緩やかに減少し、2019年には168千トンとなっている。地域別には北海道が最も多く、44千トン(26%)、次いで新潟(24千トン、14%)、秋田(19千トン、11%)、佐賀(15千トン、9%)、が1万トン以上である。
さて、農家にとって、うるち米を植えるかもち米を植えるかは、育てやすさよりもまずは経済性であろう。このコラムでは「加工用もち米制度」の内容をどうこう言うのではなく、こうした制度「以前」に、我々の前にそびえる無意識の「壁」を考えてみたい。
先に述べたようなもち米の食べ方は、日本の伝統に深く根付いており、それをどうこう言うものではない。一方で、昔からの伝統行事とそれに伴う伝統食の維持存続が困難な状況になってきている現実も抑えておく必要があろう。
さらに、高齢化が進むとともに、「もち」が好きな筆者としては毎年正月になるとご高齢の方が「もちをのどに詰まらせて窒息...」という記事が出ることにも心が痛む。
そのようなことを考えていた時に、ふと思いついたのが数年前に東南アジアを訪問した際に食べた「マンゴー・ライス」である。もち米にココナッツ・ミルクをかけ、新鮮なマンゴーと一緒に食べた時の美味しさが蘇った。早速、大学の研究室の学生達に「マンゴー・ライス」の話をしたところ、最初は全員が遠隔授業のディスプレイの向こうで「うえっ!」という顔をした。「マンゴーにもち米?!何それ?」という訳である。早速、いくつか画像を見せたところ、納得はするが「また先生が...」という反応である。
数日後、学生の一人が全国チェーンのあるカフェが「マンゴー・ライス」を販売しているということを教えてくれた。さらにその数日後には、たまたま卒論の関係で登校した学生達が手配してくれ一緒にカフェ版のマンゴー・ライスを食べることとなった。
彼女達の反応は上々である。一言で言えば、このような食べ方は知らなかったというものだ。ちなみに、クックパッドで「マンゴー・ライス」と検索したところ、レシピはゼロ!、本当にゼロである(あくまで2020年7月30日時点)。
授業で伝えたことは一つだ。仙台は「牛タン」で有名だが、その「牛タン」ですら最初は「うえっ!何これ!」からスタートしている。コメの消費拡大云々を言いながら、既存の料理の構成をそのままにして1万件近いバリエーションを作ることに熱心なのも良いが、全く別のものと組み合わせた「マンゴー・ライス」では、検索ゼロ!まさに我々の思考と行動が単一化・画一化していることの証左である...と。これこそイノベーションを阻む「〇〇の壁」だね、とまたまた熱を込めた次第である。
首都圏どころか、東北や北陸などのコメどころに住みながら「マンゴー・ライス」を食べたことのない方、多いのではないでしょうか。温暖化という環境変化を逆手に取り、国産のマンゴーも伸びてきているようです。ここらで新しい「もち米」の食べ方を拡げませんか? 残念ながら、私が見る限り、不思議なことにコメ関係の公式資料にもほとんど「マンゴー・ライス」は出ていません。東南アジアの方は美味しい食べ方をよくご存じです。
スイーツにも食事にもなる「マンゴー・ライス」、是非、お試し下さい。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
重要な記事
最新の記事
-
花業界の年末商戦は松市(まついち)からスタート【花づくりの現場から 宇田明】第48回2024年11月28日
-
ボトル小型化でGHG排出量3割削減 ゼロボードとの協業でCFP算定 バイエルクロップサイエンス2024年11月28日
-
リジェネラティブ農業を推進 25年に他社との共創プロジェクト バイエルクロップサイエンス2024年11月28日
-
続・どぶろくから酒、ビールへ【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第318回2024年11月28日
-
【TAC部門】優秀賞 一流の経営者に俺はなる JAしまね 大國満瑠氏2024年11月28日
-
【TAC部門】全農会長賞 「京おくら」産地化へ~ゼロからのスタート JA京都中央 佐藤聖也氏2024年11月28日
-
「古川モデル」子実トウモロコシから水田輪作へ JA古川、3年間の実証実験総括 農研機構東北農業研究センターの篠遠善哉主任研究員2024年11月28日
-
鳥インフル 米ノースダコタ州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年11月28日
-
毎週の各国との電話会議・閣僚会合の現地での反対運動【近藤康男・TPPから見える風景】2024年11月28日
-
三島伝統のたくあん漬けや大根料理を堪能「三嶋大根祭り」開催 JAふじ伊豆2024年11月28日
-
9年連続の就任 コリラックマ「とちぎのいちご大使」に任命 JA全農とちぎ2024年11月28日
-
「ちょっといい日に和牛を食べようキャンペーン」開催 JAタウン2024年11月28日
-
適用拡大情報 殺菌剤「日曹ファンタジスタ顆粒水和剤」 日本曹達2024年11月28日
-
農薬登録変更 殺菌剤「日曹ストロビーフロアブル」 日本曹達2024年11月28日
-
農業IoTの通信インフラ整備へ 自治体や土地改良区と連携 farmo2024年11月28日
-
山梨県産フルーツ活用「やまなしスイーツコンテスト2024」初開催 山梨県2024年11月28日
-
価格高騰中の長ねぎ カットされる青い部分を商品化で大ヒット Oisix2024年11月28日
-
「幻の卵屋さん」京都駅に初出店 日本たまごかけごはん研究所2024年11月28日
-
「うまいに、まっすぐ。新潟県フェア」開催 県産農林水産物の魅力を体験 新潟県2024年11月28日
-
【役員人事】朝日アグリア(12月1日付)2024年11月28日