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鎮魂の8月を穢すのはだれだ【小松泰信・地方の眼力】2020年8月12日

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【小松泰信・(一社)長野県農協地域開発機構研究所長】

「戦争を国と国のけんかくらいに思うかもしれないが、戦場で使われるのは人間。やりたいなら、おまえ、前線に立ってみろって言いたい」と、語るのは島田殖壬(ひろとお)氏(94)。遺体が漬かる水たまりの水をすすり、「殺してくれ」とうめく戦友を残して退却――、そんな想像を絶するなかから帰還した元陸軍上等兵(東京新聞、8月4日付)。

komatsu_honbun.jpg◆「敵基地攻撃能力の保有」を提言

毎日新聞(8月5日付)によれば、自民党は4日の政調審議会で党ミサイル防衛検討チーム(座長・小野寺五典元防衛相)がまとめた敵基地攻撃能力の保有を含む抑止力向上を求める提言を了承し、安倍晋三首相に提出した。
提言の最大のポイントは、「憲法の範囲内で専守防衛の考え方の下、相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させる取り組みが必要」としている点である。
首相は提言を受けた後、国家安全保障会議(NSC)関係閣僚会合を開催し、その内容について議論した。東京新聞(8月5日付)によれば、首相は記者団に「政府の役割は、国民の生命と平和な暮らしを守り抜いていくこと。今回の提言を受け止め、しっかりと新しい方向性を打ち出し、速やかに実行していく考えだ」と強調した。
「敵基地攻撃能力の保有」を目指すこの提言について、新聞各紙の社説等が、どのような見解を示したかを概観する。

◆提言を評価する読売新聞と産経新聞

産経新聞(8月3日)は、北朝鮮や中国が、「日米のミサイル防衛網を突破しようと自国のミサイルの能力向上や増強に余念がない」なかで、「国民の生命と日本の平和を守る防衛力について、最大与党が真剣かつ冷静に検討した結果」と、評価する。
「保有は憲法や専守防衛の原則に抵触し、周辺国の反発を招いて緊張を高める」とする反対意見を、「いずれも誤り」とする。その根拠は、「座して死を待つわけにはいかない。他に手段がないとき、ミサイルなどの相手基地をたたく敵基地攻撃能力の行使は『法理的に自衛の範囲に含まれ可能』であり、専守防衛の原則に反しない」という歴代内閣の立場である。
保有反対論は、国民の安全よりも侵略者(文脈からは、北朝鮮と中国を指している)の安全を優先する「愚論」だそうだ。
「北朝鮮はミサイル技術を進化させている」で始まる読売新聞(8月10日付)も、「政府は固定観念にとらわれずに、着実に防衛力を整備しなければならない」とする。ただし、「財政の制約も軽視してはならない」と、財政面への配慮を求めている。

◆優先すべき課題は何か

東京新聞(8月5日付)の社説は、産経新聞が評価の根拠とした歴代内閣の立場を認めた上で、「同時に政府見解は『平生から他国を攻撃する、攻撃的な脅威を与えるような兵器を持つことは憲法の趣旨ではない』ともしており、敵基地攻撃が可能な装備を持つことを認めてきたわけではない」とする。
もし攻撃能力を保有すれば、「抑止力向上のための取り組みが周辺国の軍拡競争を促し、逆に緊張を高める『安全保障のジレンマ』に陥る恐れもある」と、警鐘を鳴らす。
首相が、「国の使命は国民の命と平和な暮らしを守り抜くことだ」と述べたことをとりあげ、「ならば、最優先で取り組むべきは、コロナ禍に苦しむ国民の暮らしや仕事、学びを守ることであり、限られた予算を振り向けることである」と、一本取る。

◆これも安倍首相のレガシー(政治的遺産)!? 

「鎮魂の8月だというのに『敵基地攻撃能力を検討せよ』などという勇ましい文言が取り沙汰されること自体に違和感を禁じ得ない」と、冒頭から小気味好いのは福井新聞(8月7日付)。「他国の領内までも攻撃できる能力を保有することは憲法9条や国際法、さらには専守防衛や必要最小限度からの逸脱であり許されない」と、ズバリ斬り込む。さらに、2020年版防衛白書に、基本政策は「相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使する専守防衛」と、記されていることも紹介する。
そして、「提言の策定に関わったメンバーらは『首相から尻をたたかれた』とも明かしており、任期1年余となった首相のレガシー(政治的遺産)づくりとの見方が専らだ」と、安倍政権らしい不純な動機による提言であることも教えている。
新潟日報(8月7日付)も、新型コロナウイルスを巡る対応で迷走を続けるなかで、成果を上げたい首相が、党内議論を急がせたとされることなどから、「まるで『首相のため』に、敵基地攻撃能力の保有を巡る議論が進められているようだ。事実なら、国民不在も甚だしい」と、憤る。

◆提言は自民党の暴走

「国民的世論を喚起し自民党の暴走を止めなければならない」で始まるのは琉球新報(8月4日付)。
提言の内容は、「憲法の平和主義を破壊するもので、到底許されない」と、言い切る。高良沙哉氏(沖縄大教授・憲法学)による「敵基地攻撃能力を持つとして、誰が指揮し、どう抑止するかは憲法に規定がない。最高法規の憲法に軍事力抑止の規定がないことは、憲法が軍事力による自衛を考えていなかったからだ」との見解を紹介し、この原則に立ち返ることを求めている。
「攻撃型ミサイルを配備すれば、米中関係が悪化すればするほど、日本も当事者として有事に巻き込まれる可能性が高くなる。沖縄は攻撃兵器の配備先として真っ先に狙われる恐れがある」と、危機感を募らせ、「米国による中国敵視政策に乗っかるのではなく、憲法の平和主義の理念を生かし、周辺隣国と友好関係を築くことこそが、憲法が求める日本のあるべき姿だ」と、訴える。

◆2020平和への誓いが聞こえたか

8月6日、広島市で営まれた平和記念式典で、長倉菜摘さん(12)と大森駿祐さん(12)が「平和の誓い」を読み上げた。
コロナ禍によって当たり前の日常が、決して当たり前ではないことに気付く。そして75年前に原爆で日常を奪われた人びとに思いを馳せる。
「あのようなことは二度と起きてはならない。」
「人間の手によって作られた核兵器をなくすのに必要なのは、私たち人間の意思です。私たちの未来に、核兵器は必要ありません。」と、力強く宣言した。
聞こえましたか、安倍首相! この子たちの未来を希望に満ちたものにするために、負の政治的遺産は要りません。
「地方の眼力」なめんなよ

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