かつての農家の子どもと二宮金次郎【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第116回2020年9月17日
農家の子どもは小さい頃から働くのが当たり前だった。学校教育の始まる明治以前は勉強などしたくともできなかった。
金次郎などはまだよかった、ともかく字を読めるだけの教育を受けることができた、また読む本があった。だから薪を背負って歩きながらでも本を読むことができた。
しかし、ほとんどの農家の子どもはそんなことをしたくともできなかった。字を読めるようになるだけの教育を受ける経済的時間的余裕がなかったらである。そもそも字を教えてくれる場も人もなかった。怠け者だからではなかった。金次郎並みのことをしたくともできなかったのである。
明治期に学校教育が始まるとそんなことはなくなった。国民皆教育でみんな字が読め、本が読めるようになった(注)。金次郎のように働きながら本を読めるようにもなった。
しかし読む本がなかった。本など買ってもらえなかった。食うや食わずの暮らしのなかで本などにお金を使うゆとりなど農家にあるわけはなかった。
借りればいいではないか。その通りである、私も周辺の友だちから借りまくった。しかし、本を持っている子はほとんど非農家の子どもだった。都市近郊に住んでいたから私はそういう子どもたちから借りられたが、純農村となるとそういうわけにはいかなかった。
だから、農村のこうした普通の子どもたちは金次郎よりも劣っていた、努力が足りなかった、やる気がなかったのだ、こう批判することはできない。
教育を受ける機会、本を読む機会の与えられなかった子どもは勉強しない子、努力をしない子と言われ、相対的に恵まれていた金次郎は誉められ、模範とされるとするなら、それはおかしいではないか。そんなことをしたくともできなかったのだ。
戦後の民主化で農家も人並みの暮らしができるようになった。農業・家事の省力化で子どもの手伝いもかつてのように必要がなくなった。こうしたなかで農家の子弟も高校、大学に行くようになった。本も買えるようになってきた。
やがて高度経済成長、農産物の輸入自由化で農家の子弟の都市への流出が本格化し、農家の後継者不足が騒がれるようになってきた。
1980年ころのことである、ある県のある会議で、その委員となっている都市部の某婦人団体の役員がこう発言した、
「最近の農家のお母さんは教育ママになって子どもたちに農業の手伝いをさせなくなった、これが農家の後継者問題を引き起こしている原因だ」
あごを上にあげ、鼻の穴をふくらませ、胸を張って、よくわかっているだろうと得意そうにみんなの顔を睨めまわしながら。
農家の子どもには教育は必要がないらしい。勉強などさせるから悪いらしい。金次郎のように本を読んではだめなようだ。働かせなければだめらしい。他の職業の家の子どもは遊んでまた勉強していいが、農家の子どもだけはだめなのである。
また、農家のお母さんだけは教育ママになってはいけないらしい。
そのご婦人識者はそのことに何も感じないのだろうか。しゃべっていてどこかおかしいと思わないのだろうか。
その後、ある新聞に書く機会があったときに次のようなことを書かせてもらった。
「農家のお母さんよ、大いに教育ママになろうではないか。農家の子どもだけ手伝いをさせて勉強させなくてもいいなどということはないはずだ。十分な教育を受けさせ、幅広い知識人として育て、自らの意志で農業を職業として選択させよう。こうして育てられた幅広い教養と主体的な意志をもった後継者こそ、農業を発展させるのだ」。
だからといって子どもに手伝いをさせるななどというつもりは一切ない。大いに手伝わせてよい。そして作物や家畜を育てる楽しさ、田畑の美しさを、さらには辛さも味合わせてよい。また先祖の土地に対する愛着を思い起こさせるのもいいだろう。
同時に、子どもらしくたくさん遊ばせ、また勉強させればいいのだ。
こんなことを言ってからもう40年、農業、農村の後継者問題はもうそんな話どころではなくなってしまったのだが、それはちょっとおいて、金次郎・尊徳の話にまた戻らせていただく。
(注)jacom農業協同組合新聞コラム、拙稿・2018年12月20日掲載・第33回「小学校整備の地域格差」参照
重要な記事
最新の記事
-
(393)2100年の世界【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年7月19日
-
【'24新組合長に聞く】JA鹿児島きもつき(鹿児島) 中野正治組合長 「10年ビジョン」へ挑戦(5/30就任)2024年7月19日
-
冷蔵庫が故障で反省【消費者の目・花ちゃん】2024年7月19日
-
農業用ドローン「Nile-JZ」背の高いとうもろこしへの防除も可能に ナイルワークス2024年7月19日
-
全国道の駅グランプリ2024 1位は宮城県「あ・ら・伊達な道の駅」が獲得 じゃらん2024年7月19日
-
泉大津市と旭川市が農業連携 全国初「オーガニックビレッジ宣言」2024年7月19日
-
生産者と施工会社をつなぐプラットフォーム「MEGADERU」リリース タカミヤ2024年7月19日
-
水稲の葉が対象のDNA検査 期間限定特別価格で提供 ビジョンバイオ2024年7月19日
-
肩掛けせず押すだけで草刈り「キャリー式草刈機」販売開始 工進2024年7月19日
-
サラダクラブ三原工場 太陽光パネルの稼働を開始2024年7月19日
-
「産直アウル」旬の桃特集 生産者が丹精込めて育てた桃が勢揃い2024年7月19日
-
「国産ももフェア」直営飲食7店舗で25日から開催 JA全農2024年7月19日
-
「くまもと夏野菜フェア」熊本・博多の直営飲食店舗で開催 JA全農2024年7月19日
-
【現地ルポ】福岡・JAみなみ筑後(1)地域住民とともに資源循環 生ごみで発電、液肥化2024年7月18日
-
【現地ルポ】福岡・JAみなみ筑後(2)大坪康志組合長に聞く 「農業元気に」モットー2024年7月18日
-
【注意報】野菜・花き類にオオタバコガ 栽培地域全域で多発のおそれ 既に食害被害の作物も 群馬県2024年7月18日
-
【注意報】過去10年間で最多誘殺 水稲の斑点米カメムシ類 県内全域で多発のおそれ 山口県2024年7月18日
-
【注意報】平年の4倍 水稲に斑点米カメムシ類 県内全域で多発のおそれ 滋賀県2024年7月18日
-
【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】「財務省経済産業局農業課」て何?2024年7月18日
-
1970年代の農村社会の異質化の進展と農業【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第299回2024年7月18日