道のある藩営商社を 横井小楠(上)【童門冬二・小説 決断の時―歴史に学ぶ―】2020年9月19日
藩営企業の不公平
松平春嶽(名は慶永)は、徳川御三家の一つである田安家から養子に入った藩主だ。開明的な考えを持ち、日本海に面する越前(福井県)の藩主でありながら、太平洋にも目を向けていた。国際事情にも明るかった。後に、将軍候補者に一橋慶喜を推薦したため、大老の井伊直弼に憎まれた。安政の大獄に引っかかって、藩主の座を追われた。この時"春嶽"と号するようになる。常に、
「藩を富ませるためには、藩民を富ませなければならない」
と主張していた。この頃の経済感覚のある大名家(藩)では、
「藩内製品の振興」
を図りながらも、実際には、産品を直接藩が買いあげ(それも安く)、今度は市場に出して高く売った。買い上げには藩札を使い、売却には正札(幕府発行の貨幣)で行う。つまり、
「産品は、安く藩札で買い叩き、市場では通常値で正札で売る」
ということである。そのため、生産者である農民が怒った。
「製品の売買には、公正さが必要だ」
と叫び、よく一揆を起した。このことに、慶永は頭を悩ませていた。かれの考えは、
「藩民の所得を増やすことが、藩の収入を増やすことに繋がる」
ということだから、藩が直接商売を行っても、それは公正でなければならない、と思っている。
「その方面で、正しい理論をお持ちの学者はいないか」
あるとき、腹心の橋本左内にそう訊いた。左内は藩の医者だが、憂国の志が厚く、その方面にも関心を持つ慶永の信頼が厚かった。しかしその左内も、安政の大獄に引っ掛かって首を斬られてしまった。しかし左内は遺言した。
「殿(慶永)のお望みになっている学者が熊本におられる、横井小楠先生です」。慶永は橋本の遺言を重んじて、肥後熊本藩の藩主に「横井先生をお貸しください」と申し入れた。
道がないとは信用がないことだ
当時の横井小楠は、熊本藩校時習館の教授だったが、その教えが広まり、ついに政治結社である"実学党"にまで発展していたので、藩内で問題になっていた。同時に小楠は少し酒癖が悪いので、これもかれのマイナス点を増やした。熊本藩にとっては、慶永の申出では渡りに船だったはずだ。つまり厄介者払いができるからである。しかしそんなことは気振りにも出さず勿体を付けて貸し出すことにした。
やって来た小楠に、慶永は自分の悩みを話した。小楠は頷き、言下に、
「それは、藩に道がないからです」
「道とは?」
「孔子や孟子など聖人の教えに従わないからです」
「具体的に」
「まず、生産者である農民の身に立っておりません。これは孔子の言う恕の精神、あるいは孟子の言う忍びざる心に違うことです」
慶永も学問が深いから、小楠の云うことはよくわかる。云われてみれば確かにそうだ。
「信用の薄い藩札で安く買い叩き、売る時は幕府発行の正貨によって通常値による」
こんなことをすれば、藩の利益は大きいが、生産者に対する支払いは安値であまり利益はない。しかも信用のできない藩札で払われるとなれば、そういう商取引に、
「道がない」
と言われるのも当たり前だ。そこで慶永は、
「当藩でも、藩の商会を作る予定でおります。先生の゛道のあるやり方゛について、お教えを賜りたい」
「越前の商社には、責任者として由利公正(ゆり・きみまさ)を任命しております」と告げた。小楠は頷いた。由利を呼んで会い、自分の考える、
「藩営商社の正しい経営方法」を伝授した。慶永に告げたように、"道のある藩営商社"は、
・まず、関係者の信用を得ることが必要だ。
・それには、信用の薄い藩札で買い叩くことはやめること。藩の生産品を農民から買う時には、できれば信用のある正札に切り換えること
・売る時も正札を用いること
・勿論、藩札に信用が生まれる努力を欠かさず、生産者が信ずるようになったら藩札でも構わない。しかし現状では難しい
・藩営の商社には、藩から出張る武士を極力少なくすること。自分の考えでは、たった一人の方が効果的だ。
ここで小楠は、
「由利さん、あなたが出張ればいい」
と言った。由利は笑った。
道のある藩営商社を 横井小楠(下)に続く
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