敗戦直後の二宮金次郎の評価【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第118回2020年10月1日
こちらに草ぼうぼうの畑がある、そちらにはまだあまり雑草の伸びていない畑がある。どっちの畑から先に草取りをするか。
二宮尊徳があるとき農民にこう聞いた。農民の多くは草ぼうぼうの畑から取ると答えた(私もそう思った)。
ところが尊徳はこう言った、草ぼうぼうの畑を先にすると時間ばかりかかってなかなか取り終わらない、そのうちに草の少なかった畑もみな一面に草になって、両方とも手遅れになってしまう。だから草ぼうぼう畑は若干荒れてもいいと覚悟を決めて手軽なところから順に片付けていった方がいい、世の中何でもそうなのだと。

記憶しているこの話、正確かどうか自信がないか、これを読んだ小学5年のときは私も尊徳の説に納得し、これは人間にも当てはまるかもしれない、悪にそまってどうしようもない奴にかまうよりも、悪くなりかけの奴の更正に力を注ぐべきなのかもしれないなどとも思ったものだった。
しかし、後になって考えた、ちょっと待てよ、草ぼうぼうの畑を放置しておいたらみんな種をつけて大量の種を撒き散らし、草のなかった畑にも大量に飛んできてここも草だらけにし、最終的には両方ともだめにしてしまわないかと。
本当はどっちが正しいのだろうか。
まあその賛否は別にして、今述べた話は、二ヶ月前の本稿で触れた凶作と尊徳とソバの話と同じく、敗戦直後に発刊された週刊紙『少年タイムス』の連載小説「二宮金次郎」に書いてあったものだった。他の話は忘れてしまったのに、なぜこの話と前に書かせてもらった凶作とソバの話の二つのだけ頭に残っているのかわからない。それまで聞いたことのなかった話だったからなのではなかろうか。ともかくこの小説「二宮金次郎」を夢中になって読み、感動したのをよく覚えている。
もう一つ、リンカーンのことを書いた『少年タイムス』の連載小説、これも忘れられない。
実は講談社の絵本にもリンカーンの本があり、その表紙にある大きな椅子に座っている髭を生やしたリンカーンの肖像画は今でも覚えている(太平洋戦争中にこの本はどういう扱いをされたのか、発禁になったのかどうかは知らないが)のだが、『少年タイムス』に連載されてしばらくぶりで思い出したものだった。
実はこの二つ以外の記事は一切覚えていない、タブロイド版4頁、青インク(後で黒になった)で印刷されたあの新聞、あれだけ夢中になって(敗戦直後でまともな本などなかったからなおのこと)繰り返し繰り返し読んだにもかかわらずである。もう75年も前の話だからやむを得ないとは思うのだが。にもかかわらず、なぜ私の記憶に金次郎とリンカーンの記憶が残っているのだろうか、そもそもなぜこの『少年タイムス』が「二宮金次郎」という農業・農村関連の話を連載することにしたのか、一体全体『少年タイムス』とはどんな新聞だったのか。
そこでネットで「少年タイムス」を検索してみた。しかしいい資料が見つからない。
何とかわかったのは、1946(昭21)年に少年タイムス社から創刊されたということである。それから、少年タイムスに掲載された「連載小説」・「連載読物」の名前とその著者・挿し絵画家の名前である。これは助かった、金次郎とリンカーンの著者がわかった。
まず小説「二宮金次郎」は昭和22年(私の小学6年の年)に連載、著者は農民文学作家として知られていた和田伝、挿絵は斉藤五百枝だった。それから読物「エイブリンカン」はその前年の21年の連載で文・池田宣政、絵・河目悌二となっていた。
私の記憶と順序は逆だったが、ともかくこの当時はちょうど「アメリカ民主主義」の普及と食料危機回避のための食糧増産、生活難対応のための勤倹貯蓄とがこの二つの著作の連載の背景となったのではなかろうか。
そんなことを思いながら、ふと思いついて前回触れた太田原高明君の報徳思想に関する論文について何か書いているものはないかとネットで検索してみた。それでヒットしたのが何と、本紙・農業協同組合新聞2020年9月22日付けの「JAの活動:しまね協同のつばさ」に掲載されている太田原君が数年前に書いた『報徳思想と共同体の倫理』だった、偶然とはいえ驚いてしまった。
早速読んでみた、そしたらそのなかに次のような文章があった。
「戦後、日本人に民主主義をどう教えるかと苦心した占領軍が尊徳を発見し、『農民から出て民主主義の闘士となったリンカーンにも比すべき人』として手本とするように勧めた」
そうだったのか、『少年タイムス』のリンカーンと二宮金次郎がこれで結び付いた。70年経ってようやく謎が解けた。
軍国主義から戦後民主主義まで利用され、そして今また令和の時代に道徳教育のなかに二宮金次郎が復活しつつある、これをどう考えるか、こういう時代だからこそ我々も尊徳からいかに学んでいくか、もう一度改めて考えてみる必要があるのではなかろうか。
こんなことを太田原君とかつてのように二人で膝を突き合わせて酒を酌み交わしながら語り合いたいものだ。しかし残念ながらもうできなくなってしまった。淋しい、本当に淋しい。
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