新嘗祭に新米を奉納する全国の篤農家【熊野孝文・米マーケット情報】2020年12月1日
「コメを神棚から卸せ」と言い続けていた農業雑誌の編集長がいた。奉納することを止めろと言っていたわけではなく、一般の商品のようにすべきだと言いたかっただけなのだが神主さんから怒られたそうである。コメは日本列島に住み着いた人間を養って来ただけでなく文化も育んだのだから神棚から卸すわけにはいかない。神社の公式行事新嘗祭に食味コンクール等で金賞を受賞した生産者ばかりが奉納する神社が品川にあるというので行ってみた。
篤農家が奉納した新米と紹介パンフレット
その神社は東京都品川区にある戸越八幡神社で、御祭神は応神天皇で創立から間もなく500年を迎える。新嘗祭は神社の公式行事で11月23日の午前10時前に現地に赴くと御囃子が鳴り響いている。事前の連絡でコロナ禍の拡大で全国から訪れる予定だった篤農家もほとんどが来れなくなり、行事も規模を縮小して行うことになったとのことであったが、早くから参拝に訪れる人や本殿周辺に物販する店も出ており、祭りの賑やかさを感じられた。
出店の中に神社の朱印が押された2合程度の精米袋が並べられていたところがあった。精米袋には「特別ご祈祷米 令和2年新嘗祭」と大書された横に「美味しい新米が今年も収穫できたことに感謝を捧げる1年に一度の大切な神事でございます。皆様のご健康と弥栄を願い御神前にてご祈祷申し上げます」と記されており、産地・品種・生産者名まで1袋1袋に印字されている。当日、参拝に訪れた人に配るために用意されたものだが、中身は名だたる篤農家が生産したコメであるだけでなく、精米にもこだわっており、古式精米という精米圧力を自在に変えられる精米機で、そのコメの良さを引き出すことを最大限心掛けた精米方法で精米している。
袋詰め作業は、神社内の事務所に梱包器具を持込み一袋ずつ手作業で2500袋を作ったという。それだけではなく、奉納した26名の生産者が栽培している銘柄名や受賞歴を顔写真入りで紹介したカラー刷りの冊子まで作成し、奉納米と一緒に参拝者に配布した。
こうした一連の新米奉納式典を裏方からサポートしているのはNPO法人一次産業応援団や食味コンクールに出品する生産者を支援している人たちで、この事業に取り組み始めたのは4年前。減り続けるコメの需要量を深刻な事態と捉え「八百万の神々が宿る日本の食と農のプロジェクト」を立ち上げ、一人でも二人でもお米好きの人を増やしたいという思いから、戸越八幡神社の新嘗祭で新米を奉納するイベントを行うことになったという。
プロジェクトは奉納式典だけではなく、美味しいコメを作る生産者の技術伝承やコメの炊き方教室開催など様々な取組みを行っている。生産者の技術伝承では、子供たちに農と食への理解を深めてもらうために千葉県や新潟魚沼で農泊体験してもらい田植えや稲刈りを行っている。田植え、稲刈り体験は日本最古の大学と言われる飯高寺境内の神田でも今年行っており、戸越八幡神社の宮司や巫女も現地に赴き豊作祈願する。
戸越八幡神社の権禰宜は「毎年、全国から農家の方が丹精込めたお米を奉納していただき大変感謝しています。また、田植えにも参加させていただき良い経験をさせて頂いています。当神社からお米の大切さを発信して若い人にもどんどんお米を食べてもらえるようになれば」と話しており、奉納した生産者には感謝状と戸越八幡神社由来の赤い鳥を象ったお守りを贈呈している。
神事の後の「なおらい」(祭典後に奉仕した神主と参列者が、神前に捧げた神饌(しんせん・供物のこと)を分け合う儀式。 神さまが食した供物をいただくことにより、その神力を分けていただく)では、奉納された新米を炊いて参拝者に振る舞われた。
また、奉納式典を終えた後、神楽殿で巫女さんが進行役を務め、プロジェクト推進の関係者や生産者、コメ卸団体のコメ消費拡大担当者らが登壇し、コメの大切さなどについてトークセッションが行われた。著者も神楽殿へ登りコメについて話すように促されたが恐れ多いので辞退した。
コメ卸団体の職員は、本来この日明治神宮で開催される新嘗祭で参拝者に赤飯を提供する予定であったが、コロナ禍で中止になり、急遽、戸越八幡神社の新嘗祭に参加することになった。この担当者はトークセッションで「生産者と消費者をつなぎ、お米を身近なものに感じてもらうために炊飯教室なども開催、ごはんの美味しさを知ってもらう輪を広げて、日本のコメを守って行きたい」と話していたが、現状を見るとまさに神頼みのような訴えにも聞こえた。
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