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『昼のいこい』への思い【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第127回2020年12月3日

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今このコラムで対象とさせてもらっている1950年代、それと関連してちょっとだけ脇道をさせていたたきたい。
先週末、古関裕而を主人公にしたNHKの朝ドラ『エール』が終わった。本当にしばらくぶりで「船頭小唄」、「鐘の鳴る丘」の歌を聞くなど、なつかしく楽しく見させてもらった。

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でも、たった一つ不満があった。いま本稿で取り上げている1950年代、この初頭から始まったNHKラジオ第一放送『昼の憩い』のテーマ音楽、これができた背景とこれにこめた古関祐而の思い、これを紹介してくれなかったことである。もしかして私がたまたま見落としたのかもしれないのだが(であればごめんなさいだが)、このテーマ音楽、私にとっては「エール」というよりは「いこい」、「いやし」であり、目に浮かぶのは幼かりしころの山野田畑家々の風景、そしてある山村て初めて見た有線放送電話とそれがおいてあった農家の玄関先にタイムトラベルさせる、そのテーマソングができた背景を知りたかったのである。

『昼のいこい』、私は1950年に始まった『農家のいこい』が後に改名された番組と思っていたが、今回調べてみたら少々違うようである。
そもそもは1949年から始まり、例の昼の時間に『農家のいこい』と『職場のいこい」とが交互に放送されていたのだが、『農家のいこい』の評判がいいので1952年から農家向けに一本化し、『昼のいこい』として毎日放送されるようになったのだそうである。このように、昼のもっとも視聴率の高い時間に農村向けの放送をするということは、農村、農業がいかに国民的に大事にされ、注目されていたかを示しているといえよう。

テーマ曲をバックにしてアナウンサーがゆっくりと語る全国各地の農事放送通信員(後に農林水産通信員と改称されるが、よく農業改良普及員、農協・漁協職員がやっていた)からの農業技術に関するニュースは、農業技術の向上、増収などで農家に役に立ち、季節やふるさとの便りは都会に出た農家の子弟にふるさとを思い出させてその心をいやす役割も果たした。60年代まではラジオ中心の時代だからなおのことだった。
厳しい農作業を終えての昼休み、ゆっくりと昼食をとり、一休みしながら『昼の憩い』を聴く、まさに至福の一時だった。

問題はこうした『農家のいこい』を聞けない農家がまだあったことだ。当時のラジオは高価だったし、電波の届かない地域もあったからである。50年代の初頭はそんな時代だった。電話などはましてやだ、都市部でも一般庶民はなかなか電話がひけなかった時代だった。

60年代後半のこと、東北のある山村の農家調査に行ったときのことである、ちょうどお昼になったとき調査が終わって挨拶をし、玄関を出ようとしたときのことである。玄関先においてあった電話機からNHKの『昼の憩い』の音楽が流れてきた。よくみると電話がラジオになっているのである。
それは「農村有線放送電話」だった。農協や自治体などが運営主体となり、一本の電話回線を通じて地域内の家々の間だけではあるが通話ができるようにし、さらに地域内の家々に向けて一定の時間帯に定時放送を流すというものである。農村の生活向上、そのための情報伝達手段の向上を図るという趣旨で1950年代後半に有線放送の法律が制定され、それから各地に普及したのである。

こうして地域内の家々の間だけであったとしてもともかく電話が通じた地域が生まれた。とくに隣近所の家が離れている地域ではこれは便利だった。また、ラジオの電波の届かない地域はこの有線放送で一定時間帯だけでしかないとしてもともかくラジオ放送が聴けるようになったのである。
うれしかった。突然、涙がでてきた。その調査農家の玄関先が潤んで見えなくなった。こうした奥深い山村でもラジオが聴け、電話がかけられるようになったのである。涙を隠すために慌てて外に出た。近くの山が、田畑がにじんで見えた。真夏なのに日差しがやわらく感じた。その後ろからゆったりとテーマ音楽が聞こえてくる。いまだにあの一瞬が忘れられない。
どう表現したらいいのかわからない、和やかな、壮大な、田園風景が広がるような、郷愁を感じさせ、幼ころにタイムトラベルさせるようなゆったりとしたあのメロディ、好きだった、大好きだった。都市部の住民とりわけ農山漁村出身者はそうだったのではなかろうか。

『昼の憩い』が始まって半世紀、21世紀になったとたん、「NHK農林水産通信員」はなくなり、時間は短縮され、やがて廃止されてしまった。新聞、テレビ、雑誌等、他のマスコミもまともに農業、農村のことを取り上げなくなってきた。農山村には家もなくなり、人もいなくなっている。21世紀はそういう時代、やむをえないのかもしれないが。

あれだけ多くの人に親しまれた『昼の憩い』のテーマ曲、今回のエールでそれを聞くのを期待したのだが、私は聞くことができなかった。もしもやはり取り上げなかったとすれば、それだけ農業、農村が衰退し、郷愁を感じる人も少なくなった、食糧・農業問題に関心をもつ人が少なくなった、それが反映してのことだろう。やむを得ないことかもしれないが、やはり寂しい、悲しい。

酒井惇一(東北大学名誉教授)のコラム【昔の農村・今の世の中】

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