吉川元農相現金疑惑で農業界衝撃――9日決定の畜酪に影響も【記者 透視眼】2020年12月7日
2021年度畜産・酪農政策価格・関連対策は今週半ばに決着する。前回の当コラムで書いたとおりだが、ここに来て新たな要素が加わった。豪腕でならした吉川貴盛元農相の大手養鶏業者からの現金提供疑惑だ。吉川氏は病気療養と称し表舞台から姿を消した。農林幹部インナーメンバーであり、特に選挙区のある北海道関連の農政事項には大きな影響を及ぼしてきた。「透視眼」で見ると、酪農関連対策決定でも支障が出かねない〈実相〉が見えてくる。
「政治とカネ」農政不信も募る
養鶏業界を巡る実態を見ると、一連の報道はさもありなんとも感じる方も多かろう。鶏卵供給過剰時に一部大手による「ヤミ増羽」で、価格調整の効果が限定的になったこともしばしばある。生産者養鶏と企業養鶏の経営手法の違いも大きい。現金授受の趣旨は疑惑の渦中にある本人しか分からない。加藤勝信官房長官が会見で応じたとおり、政治家として本人の一刻も早い説明責任が問われる。
問題は疑惑が農相在職中の事柄である点だ。ここで何らかの便宜供与があったのかが大きな焦点となる。鶏卵大手「アキタフーズ」グループ(広島県福山市)の元代表は周囲に吉川氏への現金提供を認め「養鶏業界全体のためだった」と話しているという。検察当局は7月に同社本社を捜索。東京地検特捜部は国会閉会を踏まえ週明け7日から捜査を本格化させる見込みだ。
自民党政治について回る、いつもの「政治とカネ」の問題にとどまらない。疑惑の根っこは深く、結果は多方面に広がりかねない。まず業者からの現金提供が計3回、大臣室などで行われた疑い。むろん、要望書の提出などは農業団体は常に行っている。大臣室での現金提供と授受が事実なら、政策立案者への働きかけとそれを受けての何らかの政策変更、便宜供与となりかねない。これでは〈歪められた政策〉がまかり通る。生産者、消費者を含め国民からの農政不信も招きかねない。
さらに、吉川氏が二階派の幹部、1996年初当選の菅義偉首相と同期で個人的にも近い関係とあって、事態の進展いかん、疑惑の広がりによっては政局にも何らかの影響が出かねない。
大規模養鶏も事業対象に変更
例えば産経新聞は5日土曜日付1面サブで「元農相 業界要望通す」との見出しで独自ネタを打った。同紙は独自ニュース源を持ち検察情報に強い。現金500万円提供疑惑で、農水省の「鶏卵価格差補填事業」を巡り大規模生産者に対しても価格下落時の補填を拡充する方針が、吉川氏が農相在任中に決まったと報じた。
鶏卵生産者経営安定対策事業は、過剰に伴い卵価下落時に一定価格と基準価格との差額を9割補填し養鶏生産者を守る仕組み。二段構えで、先の9割補填とは別にさらに価格が下がると「成鶏更新・空舎延長事業」が適用される。21年度畜酪論議は2日から与党議論がスタート。農水省畜産部はここで「巡る情勢」を説明したが、資料の40ページに図入り説明がある。※印で10万羽未満生産者と奨励金単価の差異がわざわざ説明している。これまで10万羽以上の大規模生産者は差額補填から外れていた。農水省は特定の業者を念頭に置いたものではないとしている。確かに、鶏卵需給調整のため全体の3割以上を占める大型養鶏に適用する手法はあり得るが、現金提供と絡めて事業変更を図ったのかは問われてしかるべきだ。
畜産振興とSDGsも絡む
持続可能な地球環境を目指し国際的に進む国連のSDGsの取り組み。農業では畜産の飼養変更などが求められる。特にアニマルウェルフェア(動物福祉)にどう対応するかの具体策はこれからの課題だ。例えば酪農では国産生乳が足りず10年後に780万トンと現行対比50万トン増産を目指す。こうした中で動物福祉の視点から密飼い見直しと言われても「はいそうですか」とは行かない事情がある。
特に問題は超過密で生産する養鶏だ。国際的に動物福祉と絡め、鶏が自由に動き回れるように「巣箱」「止まり木」設置の動きが出た。日本の大半はケージ飼い。このままでは大幅な設備改修で多額な費用がかかりかねない。そこで先の元代表ら業界関係者が吉川氏に働きかけ、結果的に設置義務は外れケージ飼いも容認された。一律的な動物福祉の方針が日本の畜産に適応されては大変なことになるのは間違いない。だが、日本の実態に沿いながら、SDGsとどう整合性を取っていくのか。畜産業界全体に課せられた難題で、対応は避けて通れないなのも現実だ。
乳価の波及に懸念も
農政、特に畜産行政に大きな影響を持つ吉川氏の疑惑は、9日夕方に実質的に決定する畜酪政策価格にも影響を与えかねない。そんな懸念も関係者の間で浮上してきた。畜酪は乳は北海道、肉は南九州の実力派国会議員が事実上差配するのが一般的だ。畜産関連、特に肉牛は森山裕、江藤拓氏ら農相経験者で鹿児島、宮崎出身の議員がおり、対策拡充が進む。問題は酪農の北海道だ。疑惑を受け政治の舞台から消えた吉川氏は北海道2区。自民党農林合同会議の前列でギョロッと農水省幹部をにらみ、酪農政策決定時に「補給金は据え置きとは行かんぞ。役所は知恵を出すように」などと迫り、何らかの特別措置を実現させてきた。
その〈豪腕〉が今回は不在だ。〈透視眼〉で畜酪情報を深掘りすれば、配合飼料価格などが下がり加工原料乳の補給金単価が前年対比でマイナス算定の可能性がある。一方でホクレンなど指定生乳生産者団体に支払われる集送乳調整金は物流コスト上昇をどう反映させるか。指定団体出荷の酪農家には補給金、集送乳調整金を合わせ生乳キロ当たり10円85銭(補給金8円31銭、調整金2円54銭)が加工向け乳価で支給される。下がれば、手取り減に直結し経営への打撃になる。さらに新型コロナウイルス禍で業務用需要の低迷からバター、脱脂粉乳の在庫も積み上がっている。補給金対象となる総交付対象数量345万トンの拡大も争点となる。
今回、自民党畜産・酪農対策委員長を務める伊東良孝氏は北海道の酪農地帯が選挙地盤だ。北海道に不利な決定を認めがたいだろうが、〈吉川大砲〉の援護射撃がない政治情勢の中での畜酪決定に行方に注目が集まる。今回の「政治とカネ」疑惑が影響していることは間違いない。(K)
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