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「鬼滅」と3人の作家と協同組合――没後半世紀の三島と高橋和巳、没後10年井上ひさし【記者 透視眼】2020年12月16日

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社会現象ともなっている人気漫画「鬼滅の刃」。一方で今年は3人の著名な文学者が没後の節目を迎えた。取材のアンテナを高く張り〈透視眼〉でのぞくと、新型コロナウイルス禍で「鬼滅」ブームと3作家の生き様、協同組合を結ぶ新たな太い「一線」が見えてくる。

キーワード「ひとりじゃない」

これは一つの事件だ。2020流行語大賞ベスト10にも選ばれた。

菅首相の国会での発言もあったからだろうか。「鬼滅」の認知度は60代までの国民の9割以上に達する。集英社は、作者・吾峠呼世晴氏が描く漫画「鬼滅の刃」の単行本累計発行部数が、12月4日発売の最終23巻で1億2000万部(電子版含む)を突破すると発表した。23巻の初版発行は400万部近い。先の名前は〈ごとうげ・こよはる〉と読む。
そしてついに、あのお堅いNHKまでも11月30日の朝のニュース解説で「鬼滅映画、興行収入でトップか」のタイトルで解説委員がブームの背景や今後の見通しを話すまでに至る。これまでの興行1位はジブリ映画「千と千尋の神隠し」で、「鬼滅」が猛追している。
週末の大型スーパー。妹思いの主人公・炭治郎ら「鬼滅」キャラクターと絡めた食品、飲料などの関連商品が目に付く。親たちは子供が欲しがり喜ぶだろうと買い求める。当然、メーカーは使用料を払うが「鬼滅」の有無で売り上げが大きく違う。

業界がはっきり明暗分かれた上半期の業績発表が相次ぐが、写真入りで報道されたのがダイドー。年明け2021年1月期の連結純利益が前期に比べて41%増の25億円を見込んだ。従来予想は同7割減の5億円だった。人気アニメ「鬼滅」のイラスト入り缶コーヒーが好調で、一転して大幅増益となる。10月5日から鬼滅コラボ缶を発売し3週間で5000万本、10月単月で前年同期比5割増と、炭治郎の鬼殺隊同様に快進撃が続く。

ブームは経済効果を招き企業の業績を大きく後押しする〈神風〉に変わる。実際に缶を手にしてみた。〈ひとりじゃない だから、立ち向かえる まざりあって、超えてゆけ〉の鬼殺隊トップの〈柱〉のメッセージ入り。いい言葉だ。たしかに「鬼滅」ブームのキーワードは〈ひとりじゃない〉かもしれない。協同組合にも通じないか。〈ひとり〉は「一人」でもあり「独り」とも書く。力を合わせ孤独を突き破り難局を乗り越える。そんな意気込みさえ感じる。

三島由紀夫脚光の「なぜ」

もう一つのブームは作家、戯曲家、天皇崇拝の思想家でもあった三島由紀夫だ。こちらは大型書店に行くと特設コーナーで分かる。1970年11月25日に東京・市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で割腹自殺してから没後50年。享年45。憲法改正へ自衛隊の決起を請うたのだ。あの時の様子は子供心にもよく覚えている。中学の国語の授業中だったが、三島自衛隊乱入の中継で教師がテレビを付けたのだ。東北大文学部出身のこの教師は「何でこんなことを。大変な才能を失った」と嘆いた。

こうした行動とは別に、三島文学の輝きはいまだに失せない。中学で真意も理解できずとも『金閣寺』『仮面の告白』を読む。海辺で波の音を聞くと『潮騒』を思い出す。古くは吉永小百合、さらには山口百恵が主演した映画も有名だ。翻訳を通じ日本文学を世界に広げたドナルド・キーンが『思い出の作家たち』であれほど三島を評価し慕っていたのかも驚く。

〈暴流の人〉とも称される。漢字は仏教用語で〈ぼる〉と読み、常に心が活発に動いている様を表す。三島作品を多く扱う新潮社は「初めて出会う新・三島由紀夫」と題し新解説パンフ。この中に、16歳のユーミンこと荒井由実(当時)が偶然、市ヶ谷にいて自衛隊総監室のバルコニーに立つ三島を見て、「これで時代も変わるなぁ」との感想も載っている。律儀な三島はライフワーク『豊饒の海』4部作の最終章を新潮社の編集者に残して逝く。

個人的に思い出深いのは、東大全共闘との討論集会だ。東大は三島の母校だが、単身乗り込めば命の危険もあった。新左翼VS右翼。だが三島は最後に「諸君たちの情熱は信じる」と締めくくったという。また「青年を信用しないと言うことは自分を信用しないと同じ」とも語ったこともある。田中角栄も同様の言葉を残したが、人間の本質を突くスケールの大きさも思う。

霞む「わが解体」

一方で同じ年の年末に病死した京都大学で中国文学を教え全共闘運動を支持した高橋和巳。個人的には三島よりよほど親近感がわく。大学時代に10冊は読破した。同様に没後50年を経たが、取り上げられることはほとんどない。今なお輝く三島と消えた高橋和巳。なぜこうも明暗が分かれたのか。

『邪宗門』『憂鬱なる党派』『わが解体』を書き、時代に寄り添った人物で、社会派大学生の必読書の一つだった。代表作の一つ『悲の器』冒頭にある〈わが心は石にあらねば転がすべからざるなり。わが心はむしろにあらねば巻くべからざるなり〉に感動しそらんじた。高橋は没後50年の今、再び見直されていい作家だろう。だが時代が限定され普遍性を欠いた側面もある。三島にはそれがない。

「ことば」の重み

没後10年の井上ひさしは「ことば」を何よりも大切にした。三女の麻矢さんに〈僕の作品で残るのは戯曲だ。上演され続ければ僕は永遠となる〉と言い残した。東京の世田谷文学館で12月6日まで「井上ひさし展」。この中で〈「困難は分割せよ」。焦ってはなりません。問題を細かく割って一つ一つ地道に片付けていくのです〉の箴言が目に付いた。
今夏開催の千葉の市川文学ミュージアムでの「没後10年井上ひさし展」では名作で大著の『吉里吉里人』を書くための農業関連ノートを見た。農業経済者で農本学者の飯沼二郎などを引き、効率一辺倒の近代農業を批判した勉強ぶりには驚いた。井上が農業を愛し食料自給を重んじ、協同組合の力を信じていたことも忘れてはなるまい。

ペンを刃にコロナ退治

さて締めくくり。「鬼滅」とこれら3人の著名作家の関連性、〈点と線〉は刃をペンに見做し不条理も抱える社会に語りかけ影響を与えたことだろう。コロナの猛威は〈鬼退治〉とも重なり、「鬼滅」ブームの根底を支える。先の鬼殺隊リーダーのささやき。〈ひとりしゃない。だから、立ち向かえる〉。三島、高橋、井上の「ことば」の時の濾過も経て今のコロナ禍を乗り切るヒントも潜む。そう〈透視眼〉で見えてくる。〈困難は分割せよ〉も、農業関係者を含め大いに役に立たないか。  (K)



新コラム:記者 透視眼

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