裁判より米づくりに 大岡忠相【童門冬二・小説 決断の時―歴史に学ぶ―】2020年12月19日
他セクションへの侵入
徳川八代将軍吉宗は、"享保の改革"を行なったが、その推進者としての徳川幕府の組織をそれほど大きく変えてはいない。かれが改革の推進者として登用したのは山田奉行だった大岡忠相(おおおか・ただすけ)一人だと言っていい。享保二(一七一七)年に、江戸町奉行を命じた。
そして、同七年(一七二二)年には「関東地方御用掛」を兼務させた。この兼務はその後延享二(一七四五)年まで続く。しかし、町奉行の方は元文一(一七三六)年に、大岡は寺社奉行に昇任されるから、この段階で町奉行所属から離れる。町奉行職を務めたのは十九年だった。しかし、関東地方御用掛の兼務は、実に三十二年の長きにわたっている。
関東地方御用掛というのは、主にこの地方の新田開発や治水事業が職務である。長く兼務させられたのは、それだけ大岡の能力が高かったというだろう。つまり吉宗の願う、
「米すなわち年貢の増産」
が、順調に行われたということだ。
しかし、実績があったからと云って、関係セクションが黙っていたわけではない。本来、米づくり別な見方をすれば"幕府の年貢づくり"は、勘定奉行の所管だ。吉宗はそれを承知の上で、町奉行の大岡に兼職を命じたのである。
大岡は町奉行として有名で、その裁きについては後世の現在も、映画やテレビドラマになって視聴者の好評を博している。つまり、
「大岡は公正な人間で、上(権力)を見るとことなく、下(民)を大事にした」
という言い伝えはドラマでも守られている。しかし役所内部では、勘定奉行とその率いる勘定奉行所の役人たちがブーブー文句を言った。
「所管外の町奉行が新田開発や地方の治水工事にまで手を出すのは越権であり、また職場荒らしだ」
という、勘定奉行所役人の抵抗や反感は激しかった。
ところが、大岡は平気だった。
(吉宗公は、もともとそういう方なのだ。タテ割り行政に泥(なず)んでいたら、改革など何もできない)
と思っている。大岡は吉宗に登用されたことを恩に感じている。だから、
(この兼職について、文句があればこの大岡が全部胸で受け止める)
と、固く決意していた。その決意は、新田開発などにも表れた。
その道のプロを抱きこむ
かれは、吉宗から、
「新田開発に励め」
と云われたからと云って、自ら乗り出して多摩地方や多摩川下流地方に赴いたわけではない。現場を見るには見たが、その地域における"地方巧者(じかたこうしゃ)"が誰かを探り、その人物に、
「こういう次第だ。協力してほしい」
と頼む。大体が、地方巧者は名主が多い。地域の権威者であり名門だ。大岡は、地方で発見したこの地方巧者を、そのまま、
「幕府の代官」
に任命してしまう。農民代表から、幕府の協力者というよりももっと強い責任を負う役人そのものに登用してしまうのだ。吉宗は苦笑いした。自分の"タテ割りのぶち壊し"を棚に上げて、
「大岡の奴も、なかなか達者だな」
と、半ば呆れる。しかし、決意の固い大岡は周りから何を言われようと平気だった。江戸城内で、勘定所の末端役人まで、廊下で会っても挨拶は形式的で、その眼が睨むようになっていても平然と逆にニコリと笑い返す。そして、時には、
「おい、おまえたちの仕事を奪って悪いな」
などと冗談を飛ばす。大岡には不思議な魅力があってそういわれると勘定所の役人たちもあまり文句は言えない。それに、大岡の兼務によって、勘定所内のいわゆる悪しき官僚主義がどんどん壊されて行く。つまり、勘定所役人にとっても、勘定所は、
「居心地のいい職場」
に変わりつつあった。同時に、大岡の地方の地方巧者の活用によって、新田が面白いように開拓されて行く。当然、米づくりが順調に行われ、米の収穫が毎年増えて行く。ということは、そのまま年貢も増えるということだ。しかし、吉宗は年貢の増長分を自分の暮しを贅沢にするために使うとか、江戸城のムダ金に回すとかはしなかった。かれは、自分の施策を行うのに、何よりも江戸市民の意見を重んじた。
「目安箱」
という投書箱を、江戸城の正門前に立て、これに投ぜられる市民の意見を大岡と共に吟味し、良い意見はそのまま採用した。現在も東京都立の"老人福祉センター"として残る小石川養生所などは、投書によって造った老人福祉施設である。だから、大岡の仕事には市民がまず支持し、農民もあまり文句は言わなかった。大岡の新田に対する年貢の課税ぶりが、公正だったからである。
米づくりを兼務したことによって、大岡は農民の気質もよく知った。このことは本業の町奉行の仕事にも好影響を与えた。かれは、「名奉行」の名をさらに高めて行った。
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