モリヨシロウの名誉挽回策【小松泰信・地方の眼力】2021年2月10日
もうあれから20年。2001年2月10日(日本時間)米ハワイ沖で愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が米原水力潜水艦に衝突されて沈没し9人が死亡した。この事件の一報が入った時、当時の森喜朗首相(東京オリ・パラ組織委員会会長)はゴルフの真っ最中。その後も、1時間半ほどプレーを続けた。
森妄言と沈静化への動き
その森氏が、2月3日の日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議委員会で歴史に残る妄言(事実・論理に合わない、でたらめな言葉)を吐いた。それは、JOCの女性理事の割合を40%に引き上げる、いわゆるクオーター(割り当て)制に関連してのもの。
要約すると、――文科省が女性理事を増やせというが、女性理事は同性への競争心があって、1人が言えば次々に発言があり、会議が長引く。自分が関わっているラグビー協会も男性だけの時と比べて倍時間がかかるようになった。JOCのこの委員会には7人(小松注;森氏も含めて35人。女性割合20%)だが、この方々はわきまえておられて的を射た意見を出される。欠員があればすぐ女性を選ぼうとなる。(......困ったもんだ。如何なものか......。こんな心境かと小松の勘ぐり)
もちろん批判噴出。4日の撤回・釈明・謝罪記者会見も「逆ギレ・居直り」の印象が強く、火に油を注いだ。
ところが、橋本聖子五輪相は5日の会見で、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長から4日夜に電話があり、氏が「理解した。引き続き政府として、東京大会の成功に向けて努力をしてほしい」などと語ったことを明らかにした。
菅義偉首相は5日の衆院予算委員会で、森会長の発言について「あってはならない発言だ」と指摘したうえで「IOCからも『(森会長が)謝罪をした。これで問題を終了と考えている』との見解が表明されたと承知している」と述べ、沈静化に努めた。
東京新聞(2月9日付)は、同紙が会長を解職する権限を持つ組織委の森氏を除く34人の理事の取材結果を伝えている。回答した14人からは辞任を求める声は出ず、「退任を求める世論との開きが鮮明」としている。アンケート回答(要旨)からも、謝罪、撤回、お詫び、反省に一定の理解を示し、辞任には及ばず、という姿勢が伝わってくる。
私たち、わきまえませんので
「#わきまえない女」をはじめ、国内外から森氏への批判が噴出。事態はこのままで終わらない。
元オリンピック選手の為末大氏は自身のツイッターに、「沈黙は賛同であると言われ、強く反省しています。私はいかなる性差別にも反対します。そして、理事会での森会長の処遇の検討を求めます」(2月8日)と書き込んだ。
そしてFNNプライムオンライン(2月10日6時24分配信)によれば、森氏の発言について、IOCは、2度目の声明を発表し、一転して「全く不適切だった」と厳しく批判した。また、森会長、小池都知事、橋本五輪相、バッハ会長で行う4者会談を、17日に開く方向で最終調整しているとのこと。
この会談はすでに決まっていたもので、あくまでも大会の準備状況を確認するものであるが、森氏の去就や大会の開催可能性など、かなり突っ込んだ内容が話し合われるはず。情況は、日々刻々と激しく本丸に向かって動いている。
JAグループの本音やいかに
経団連の中西宏明会長は8日の定例記者会見で、この問題について「日本社会にはそういう本音があるような気がする。それがぱっと出てしまったかもしれない」と指摘した。そのあと、「女性や男性を前提に発言したり考えたりする時代ではない。ダイバーシティー(多様性)を意識した組織運営や人事をやっていくべきだ」と語ったが後の祭り。「日本社会の本音」という「自分の本音」が、森発言容認と、日本全般への誤った一般化として激しい批判を受けている。
決して日本社会の本音ではないが、自分が関わっているJAグループの男女共同参画、ジェンダー平等への取り組みを冷静に見つめれば、跋扈(ばっこ)する多くの「モリヨシロウ」の姿が目に浮かんでくる。もちろん、性別を問わず「モリヨシロウ」は存在する。
農家女性の正組合員化、総代選出、役員選出、あるいは女性職員の管理職登用など、掛け声の割りには進んでいない。
内閣府による「2020年版男女共同参画白書」に記されている、農業・農村における女性の参画状況は次のように要約される。
基幹的農業従事者に占める女性の割合は2019年現在で40.0%。農業の担い手として、女性は重要な役割を果たしている。
2019年度における農業委員会に占める女性委員の割合は12.1%(前年比0.3% ポイント増)。農業協同組合の正組合員に占める女性の割合は22.4%(前年比同率)、役員に占める女性の割合は8.4%(同0.4%ポイント増)。
基幹的農業従事者として農業を前面で支える女性は4割にも及んでいる。その女性たちのほとんどが、生活面では男性以上に多くを担っている。にもかかわらず、営農と生活を事業・活動の対象とするJAの意思決定に参画する女性の割合が、4割にすら遠く及ばないとは、どういうことか。
ジェンダーギャップ(社会的・文化的につくられた性差により生じる様々な格差)やジェンダーバイアス(前述の性差にもとづく役割分担に対する固定観念や偏見)の解消に向けて大きく動かねばならない時に、この程度の参画状況は「相対的後退」である。
見事な逆説的賛辞
毎日新聞(2月9日付)で大治朋子氏(同紙専門記者)は、森発言をクオーター制の導入、定着の観点から取り上げている。
「そもそもクオータ制は、日本のように目標を掲げるだけでは実現されにくい。欧州やアフリカ諸国は近年、法制化して議会や官庁、企業での女性比率を押し上げ、差別を助長する法律や制度、社会を変えてきた。クオータ制なしに男女平等を実現した国はほとんどない。それほど社会の価値観は変わりにくい。少数派が組織の意思決定に影響を与えるようになる『黄金の3割』は最低限の比率で、最近は5割の義務化が国際標準だ」とし、「今の日本に必要なのはクオータ制の義務化であり、『わきまえない女、5割』の達成」とする。
「森さん、よくぞ言ってくれた、とも思ったのです」とは元参議院議員・円より子氏(『論座』、2月6日付)。「本音は、みな森さんと似たりよったり。(中略)逆説的ですが、女は困るよなという本音が、女性たちの怒りを呼ぶだけでなく、スポーツ界の『昭和の男的世界』を変えなくちゃという動きを加速させることができるからです」として、「男たちの本音を体現した森発言が、良いきっかけになればと思います」という、皮肉を込めた逆説的賛辞を送っている。
森氏の名誉挽回を願う人たちがすべきことは、クオータ制などあらゆる手段を講じて我が国をジェンダー平等社会に向かって前進させること。そして達成の暁には、森氏のあの発言があればこそと、胸を張れ。これが本当の「妄言多謝」。
「地方の眼力」なめんなよ
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