(219)あえて倍の時間をかける【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2021年2月19日
ひとつの物事を形にするにはどのくらい時間がかかるのでしょうか。良く言われるのは「速くて5年、遅くても10年」、あるいは、1万時間とか1万人とか、という区切りの良い時間です。これは以前にも書きました(No.085、2018年6月8日)
毎日、変化が激しいビジネスの世界と異なり、教育の現場は比較的変化が認識しにくいのかもしれない。ついこの間、新入生「基礎ゼミ」のような形で担当した大学1年生が、立派な卒業研究の発表をこなす姿を見ると、また4年が過ぎた感を強くするばかりである。
現在の教育制度では大学の学部は4年であり、多くの学生はその後、社会に出る。仮に大学院に進学しても博士前期(あるいは修士)課程2年、博士後期課程3年を経て順調に学位を取得するのは、学部4年で卒業した同級生達が社会人5年の経験を積む頃になる。
もちろん5年で全てが完結する訳ではなく、何年もかかる人もいるし、その理由も様々である。ここで自分が社会人5年を経た頃を思い出すと、当初3年間、第2の学生時代のような名古屋勤務と、東京での1年、さらにニューヨークでの1年を経て、ようやく東京で仕事らしい仕事を始めた頃である。「仕事らしい仕事」と書いたが、もちろん名古屋時代からそれなりに仕事をしてきた。だが、社会に出て5年ほど過ぎたこの時期は、色々な意味で視野が少し広がり、組織の中で何をすべきかが見え始めた時期ではないかと記憶している。それまでは担当品目をいかに拡大するかなど、それはそれで大事な事だが目の前のことに集中し、新しい分野の知識・技術の習得に必死であったように思う。やはりビジネス全体の大きな基礎を作ったのは最初の5年間ではなかっただろうか。
たまにお世話になる整体の先生は、この同じ年齢の時期、1日何十人も診ていたそうだ。変な言い方だが「あるツボを押せばここが良くなる」的な基礎的な技術を習得すると、それを実践すればするほど患者さんから喜ばれ、身体が続く限り対応していたらしい。筆者も似たような経験がある。昭和的な働き方と一蹴されるかもしれないが、深夜・早朝・週末かまわず徹底的に仕事だけをしていた時期だ。
そんなことを続けていたある時、恐らく多くの人と同様、ふと考えるタイミングがくる。筆者の場合はそれが米国への再渡米につながり、先の整体の先生の場合には、少し人間の身体とじっくり向き合い、少ない患者でも良いので時間をかけて徹底的に治療しようという治療姿勢の変化になったらしい。
さて、大学の話に戻るが、昨日・一昨日と卒業研究の発表会が開催された。マスクで半分隠れていたが一人ひとりの顔と新入生の頃を思い出し、可能な限りコメントをしておこうと心掛けたが、言われる学生にしてみたらそれこそ「うっせぇわ」だったかもしれない。そんなことを考えて帰宅した発表会初日、かつての教え子からある試験に合格したとの嬉しい知らせが届いた。
法学部や経済・経営学部の卒業生でもなかなか難しい試験である。大学卒業後、コツコトと勉強を続けていたようだ。恐らく、5年くらいで力量としては十分に合格水準には達したのだろうが試験は時の運や体調にもよる。結果を出すにはもう少し時間がかかった。心からお祝いを伝えたい。こうした方の多くは、体調不良や意識が低下している段階でも、十分に合格水準を上回るレベルに到達していることが多い。今後の人生はまだまだ長い。今回の結果は当人の大きな前進になると思うし、後輩に与える影響も大きい。
大学を卒業して何年かたつと、20歳の頃の純粋な志や気持ちを日常生活の現実の中で忘れていく、あるいは意識して封じ込めている人が多いと思う。世の中は、今の仕事を続けながらでも、昔の夢や気持ちを実現する方法が数十年前とは比べ物にならないほど多様になっている。是非、日々の現実を受けとめながら可能な限りチャレンジしてもらいたいと思う。
大事なことは、学生時代と異なり、社会人のチャレンジは少し時間がかかることだ。一般の社会人としては、一夜漬けや集中対応が可能な学生時代やその仕事を専門としている人が技術を習得する倍の時間でできれば十分ではないだろうか。つまり1年なら2年、5年なら10年...で出来れば上出来という事だ。
* *
自分のアタマと身体がいくつまで今のままで動くかはわかりませんが、仮に80歳までとすれば、残り期間は20年...、とすると、実際は30代や40代の人が10年でできることをもう1回できれば上出来...ということになります。ここは優先順位と取捨選択...ですね。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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