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有機栽培面積100万haの衝撃~期待と懸念【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】2021年3月18日

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農水省の「みどりの食料システム戦略」の画期的な数値目標に最初は耳を疑った。大きな期待の一方で、自然の摂理を大事にする有機農業の本質が歪められてしまわないかという懸念もある。

農水省が、2050年までに稲作を主体に有機栽培面積を25%(100万ha)に拡大、化学農薬5割減、化学肥料3割減を打ち出した。EUの2030年までに「農薬の50%削減」、「化学肥料の20%削減」と「有機栽培面積の25%への拡大」とほぼ同じだ。高温多湿で零細な分散錯圃の水田農業というアジアモンスーン地域を考慮し、目標年次はEUの2030年より大幅にずらした。

世界は減化学農薬・肥料、有機栽培の方向に動いていることは間違いない。農水省は有機農業を半ば異端児的に無視してきた時代が長くあり、近年、変化が生じてはいたが、一層の抜本的な意識改革が必要になってきていた。農薬企業やJAも世界の潮流に対応して代替農薬などにシフトしないと長期的にはビジネスもできなくなるという意識改革が必要だった。生産サイドも有機需要の拡大に対応できなければ、「海外産有機大豆の有機豆腐」などに市場を奪われ、輸出を伸ばすこともできない。

遠い長期の目標なので総論賛成ができた側面もあるが、農水省内の異論も克服され、農水省、農薬企業、JAが長期的な方向性について世界潮流への対応(代替農薬、代替肥料へのシフト)の必要性の認識を共有し、大きな目標に向けて取り組むことに合意できた意義は大きい。

日本の有機農業運動、消費者・市民運動の成果ともいえよう。日本の有機食品への支出額が将来的にはスイス並みまで増えると想定すれば、100万haはそれほど非現実的な数字ではないようだ。しかし、消費者の意識改革がさらに加速しなければ、この目標は到底達成できない。EU政府を動かし、世界潮流をつくったのも消費者だ。最終決定権は消費者にあることを日本の消費者もさらに自覚したい。

しかし、大きな懸念もある。有機農業の中身が違うものになってしまわないかということである。実は、代替農薬の主役は害虫の遺伝子の働きを止めてしまうRNA農薬というもので、化学農薬に代わる次世代農薬として、すでにバイオ企業で開発が進んでいる。化学農薬でないからといって、遺伝子操作の一種であるRNA農薬が有機栽培に認められることになったら、有機栽培の本質が損なわれる。

さらには、有機栽培面積の目標を100万haと掲げる一方、予期せぬ遺伝子損傷などで世界的に懸念が高まっているゲノム編集について、無批判的に推進の方向を打ち出している点は大きく矛盾する。ゲノム編集も有機栽培に認めるつもりなのだろうかと疑われてしまう。

さらには、AIを駆使した新技術が強調されすぎていて、2月4日の本コラムでも紹介した「抑草法」(二度代掻き、成苗1本植えなど、雑草の生理を科学的に把握したうえでの農法)など、すでにある優れた有機農業技術の普及の重要性が軽視されかねない。

こうした点の是正を含め、大規模スマート有機栽培だけを念頭に置いているのではなく、小規模・家族的農林漁業などを含む多様な農業に配慮する方向性がしっかりと組み込まれ、地域のinclusiveな(あまねく包含する)発展につながる戦略になるよう、各方面からのインプットが重要と思われる。具体的な予算措置を含む実現行程の明確化も不可欠である。

本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。

鈴木宣弘・東京大学教授のコラム【食料・農業問題 本質と裏側】 記事一覧はこちら

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