労働力としての農家の嫁(2)【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第141回2021年3月25日
(前回から続く)夫婦二人で農業に従事するのであれば、わが国の農家の所得は男一人で働く場合の2倍になってしかるべきである。親夫婦も働けば4倍にもなるはずである。しかしそうはならなかった。農産物価格の低さ、高率高額の小作料、限られた耕地面積のもとでは生きていくのがせいいっぱいの所得しか得られなかった。
サラリーマンは家族を食べさせるだけの所得を1人で得ているのに、農家は子どもも含む家族総員で働いて食うのがせいいっぱい、それどころか食えない家すらあった。農民と都市住民との間に決定的な所得格差があったのである。
それなら農業をやめてみんな都市に行けばいい。しかしそんな働き口が当時はあるわけがなかった。都市にも働き口がなくて職を探している人たちが多くいるのである。そうなれば家の農業に従事して一粒でも二粒でも米麦等を多く穫り、一銭でも二銭でも多く稼ぐより外ない。しかも当時の手労働を中心とした農業生産力の段階では家族の協業と分業がなければ、そのための家族労働力の確保がなければ経営は維持できず、生活費もかせげない。それで農家の嫁は農業に従事せざるを得なかった。
かくして農業は男女共同でいとなまれた。もちろん、男女間に若干の分業はあった。たとえば耕起・代かき・田植え作業の場合、男は家畜の扱いや重いものの持ち運びをし、女性は相対的に力を必要としない労働に従事する、まさに協業と分業でいとなまれてきた。
それなら、家事・育児についても、男女間の分業と協業でやればいい。つまり男女いっしょに家事、育児にたずさわればいい。というよりそうすべきである。農業労働時間は男女ほぼ同じなのだから、家事・育児の労働時間も男女同じであっていいはずである。
ところが、男性はほとんど家事・育児に協力しなかった。男はそんなものに手を出すべきではない、男の沽券に関わるというのが当時の雰囲気だった。家事育児は本来夫婦共同でやるべきなのに、それは女性の仕事だとして男性は手伝いすらしないのである。ここだけは都会並み、かつての武士社会並みであった。
これでは女性はたまったものではない。さきにも述べたように、当時の手労働段階のもとでの家事育児の労働には、すさまじいものがある。それに加えて農業の長時間重労働がある。まさに朝早くから夜遅くまで休むひまもない。
こうした女性の過重な負担から何とか脱却させたい、それが私の父の願いだった。都市のサラリーマンのように男一人が働いて生活が維持でき、女性は家事・育児に専従できるような農業にしたい。そして女性を楽にさせてやりたい。しかしそんなことは当時は高望みでしかなかった。
それで父は母の家事育児を手伝おうとした。しかしおおっぴらにそんなことをするわけにはいかない。あそこの嫁は亭主にそんなことをさせているなどと、隣近所に評判になって母が変な目で見られたら困るし、祖父母だっていい顔をするわけはない。だから子どもの世話を手伝うくらいしかできなかった。たとえば子どものおしめの取り替えである。私と妹に続いて年子で弟が生まれたときなどは、赤ん坊の弟の世話だけでも大変な母に苦労をかけないようにと、父は私と妹の二人をいっしょにおんぶしてよく外に連れ出した。おんぶされた二人は窮屈だからねんねこのなかであっち行けそっちへ行けとけんかになる。たまたまそうしながら行きつけの床屋さんの前を通ったら、「また、二人おんぶでけんかしてんのか」と笑われたのを今も記憶している。田畑にでかけるときに父がおしめを持っていって小川で洗濯をし、帰りに家に持ってきたりすることもあった。ただしこっそり人に隠れてだった。
長男で嫁を取らなければならない立場にあった私も、子ども心ではあるが父と同じことを考えていた。さらに進んで、都市のサラリーマンは男一人で家計をまかなえるのに、なぜ農家は女性まで含めた家族ぐるみで働かなければ食っていけないのか、なぜこのような不平等が都市と農村の間にあるのか、強い疑問をもつようになった。
もちろん、農家だけが大変だったわけではない。都市勤労者でも男一人だけが働いて女性を家事に専従させられるものなどは少なく、現実には多くの女性が内職等で働かざるを得ず、その内職すらなくて困っていたのだが。
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