新過疎法と地方の自立【小松泰信・地方の眼力】2021年4月7日
カレンダーを改めると4月4日に「清明」とある。「二十四節気の一。太陽が黄経(こうけい)15度に達した時をいい、現行の太陽暦で4月5日頃にあたる。万物清く陽気になる時期という意」と、電子辞書から学ぶ。現況との落差に気持ちは萎えるだけ。
「みどりの食料システム戦略」に求められる策定戦略
日本農業新聞(4月6日付)は、同紙の農業者を中心とした農政モニター1133人を対象に3月中下旬に行った調査の結果概要(回答者818人)を報じている。そこでは、「みどりの食料システム戦略」(以下、「戦略」と略す)へのふたつの質問がなされていた。
ひとつは、「みどりの食料システム戦略」の認知状況である。回答結果は、「名前も内容も知っている」11.5%、「名前は知っているが、内容は知らない」30.9%、「名前も知らない」56.2%。農業者を中心としたモニターの半数以上に認知されていない。農業との関わりの少ない人たちの認知状況は推して知るべし。
前回の当コラムで記した、「農政の大転換」「こうした施策の普及のためには、生産者のみならず、食品企業、外食・小売業者、消費者の理解と協力が必要」「同戦略を機に、農家と非農家市民を隔てる見えない壁を取り壊し、国民の農業理解を格段に深化させる取り組みを始める」等々のフレーズを誠実に受け止め、農業者のみならず広く国民にビジョンとプログラムを提示し、多様な意見を聴取し、皆が納得できる戦略を構築するための戦略が農水省には求められている。
もうひとつが、同戦略における意欲的な数値目標(化学農薬の使用量半減、化学肥料の使用量3割減、有機農業を全農地の25%に拡大など)の達成可能性について。回答結果は、「できる」8.7%、「できない」50.0%、「分からない」40.8%。達成可能とする人は1割を切り、不可能とする人が5割。ただし、この割合は決して絶望的なものではない。簡単にできることなら、農水省がわざわざ「農政の大転換」を打ち出すわけがない。簡単にできないことは百も承知のハズ。農水省に求められるのは、農業者や関連団体が受け入れ可能な、多様な現場の状況に即した工程表(ロードマップ)を早急に創り上げること。
過疎地の問題は過密地の問題でもある
「過疎地域自立促進特別措置法」(以下、「旧過疎法」と略す)が3月末で期限を迎えることを受け、「過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法」(以下、「新過疎法」と略す)が3月26日に成立した。4月1日施行で期間は10年間。
新過疎法と旧過疎法の違いを、法第一条(目的)の違いから見ることにする。(太線は小松)
新過疎法;この法律は、人口の著しい減少等に伴って地域社会における活力が低下し、生産機能及び生活環境の整備等が他の地域に比較して低位にある地域について、総合的かつ計画的な対策を実施するために必要な特別措置を講ずることにより、これらの地域の持続的発展を支援し、もって人材の確保及び育成、雇用機会の拡充、住民福祉の向上、地域格差の是正並びに美しく風格ある国土の形成に寄与することを目的とする。
旧過疎法;この法律は、人口の著しい減少に伴って地域社会における活力が低下し、生産機能及び生活環境の整備等が他の地域に比較して低位にある地域について、総合的かつ計画的な対策を実施するために必要な特別措置を講ずることにより、これらの地域の自立促進を図り、もって住民福祉の向上、雇用の増大、地域格差の是正及び美しく風格ある国土の形成に寄与することを目的とする。
新過疎法は、過疎地における地域社会の活力低下要因を幅広く捉えたうえで、その発展方向を展望している。
それは新過疎法の前文に、「東京圏への人口の過度の集中により大規模な災害、感染症等による被害に関する危険の増大等の問題が深刻化している中、国土の均衡ある発展を図るため、過疎地域の担うべき役割は、一層重要なものとなっている」と記されていることからもうかがえる。過疎問題は、過疎地だけの問題ではなく、過密地の問題でもある、という認識である。
故に、前文は、「近年における過疎地域への移住者の増加、革新的な技術の創出、情報通信技術を利用した働き方への取組といった過疎地域の課題の解決に資する動きを加速させ、これらの地域の自立に向けて、過疎地域における持続可能な地域社会の形成及び地域資源等を活用した地域活力の更なる向上が実現するよう、全力を挙げて取り組む......」ことを強調している。
気を付けておかねばならないのは、旧過疎法には無かった、「人材の確保及び育成」が支援の目的のトップに座り、「雇用機会の拡充」がこれに続き、旧過疎法では、トップに位置していた「住民福祉の向上」が、これらの後に置かれていること。
過密地の課題解消策が、過疎地の課題解消策となることを否定はしない。しかし、もしそれによって「住民福祉の向上」が蔑ろにされることがおこれば、それは本末転倒である。
新過疎法へのふたつの姿勢
この問題について、京都新聞(4月5日付)と信濃毎日新聞(2月22日付)の社説は、異なる対応を提起する。
京都新聞は、「支援の重点に挙げたのは、移住の促進や企業移転による雇用創出▽テレワークや遠隔医療・遠隔教育などデジタル化推進▽交通手段や買い物・子育て環境確保-などだ。(中略)過密リスクを避け、テレワークが広がる中、これまで人口が集まっていた東京都で昨夏から流出超過が続いている。(中略)地方の豊かな自然環境や、安らぎのあるライフスタイルへの関心が高まりつつある」ことから、「過疎地の活力向上を通じて、東京一極集中の是正と地方分散の受け皿となる『持続的発展』を掲げたといえる」と、新過疎法を位置づける。そして、地方自治体に「生活や通信などインフラ整備に加え、仕事や子育て環境のきめ細かな支援や特色を打ち出していく必要があるだろう」と、積極的な姿勢を求める。
他方、「安心してはいられない」と題して慎重な姿勢を示すのが、信濃毎日新聞(2月22日付)である。
「デジタル改革のような国の方策に誘導するのでは、請け負う都市の企業が予算を回収する結果にならないか。過疎対策には成果が乏しいとの批判も付きまとう」と、慎重な姿勢を示す。そして、「『地方創生』と同様、政府が経済成長を軸に路線を敷き、地方を従わせる手法から改めなくてはならない。自治体が固有の資源を生かし、自由に施策を実践できる仕組みこそ求められる」とし、「豊かな景観を守り、食料や水資源、木材、自然エネルギーを供給する農山漁村の将来は、都市の人々の暮らしにも結び付く。自治体は住民との対話を深めつつ、議論を主導し、地方振興策を現場に見合う中身へと転じていきたい」と、まずは当事者である過疎地に自立した姿勢を求めている。
一見両社説は対立しているようだが、両方の視点が無ければ過疎問題も過密問題も解消することはできない。過疎問題を国土全体の問題として捉えねばならないことを新過疎法は訴えている。
ただし、地方に自立した姿勢がない限り、間違いなく地方はいつまでも食い物にされ続ける。
「地方の眼力」なめんなよ
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