南米移民の推奨【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第145回2021年4月22日
北海道には、また都府県の山間部には、もはや厳しい条件の土地しか残っておらず、棄民にも限界がある。そこで展開されたのが戦前もなされていた南米への移民政策だった。
それに応じようとする人もたくさんいた。働き口も土地もない、人間が狭い国にあふれている、こんな閉塞感の中で、国策として進められていたブラジルを始めとする南米への移住に夢をたくそうという人もいたのである。
私の近くにもいた。中学卒業の春(1951年)、クラスは違ったが仲の良かった一人の女の子が、家族ぐるみでブラジルに移住していった。私たちと別れるのは淋しそうだったが、うれしそうでもあった。
私の属していた東北大の農学科の同級生21人の中にも2人の移民希望者がいた。そのうちの一人MH君からかなり後になってこんなことを言われた。
「酒井はあのころ、『この苦しい日本を見捨ててお前は出て行くのか、逃げるのか』と言って、おれを責めた」
そう言われてみればそんなことを言ったかもしれない。当時の日本からすれば、暖かい南国への移住はバラ色にしか見えなかった。政府もそう宣伝した。日本をバラ色にするために努力をせずに、バラ色の国に行くのは日本への裏切りに思えたのである。
いろいろな事情から彼は南米移住をやめた。そして生まれ故郷の四国のある県立農業講習所に勤めた後、東北のある県の試験場に移って稲の多収技術の研究をして名をあげ、最後は関西のある公立大学の作物学の教授となった。
もう一人の同級生のHA君は初志貫徹で、1960年パラグアイに移住した。花卉栽培の大農場を経営して大成功し、いまも活躍している(はずだが、最近の消息は聞いていない)。
しかし、こうした人たちばかりではなかった。HA君のように成功した移住者は少なかった。ひどい条件のところに移住させられ、食うや食わずの生活を強いられたものもいた。現在でも、多国籍企業の支配と遅れさせられた政治経済構造のもとで生活難に陥れられている人は数多い。
開拓政策と同様に移住政策も棄民政策だったのである。
日本に残った同級生のMH君の場合、移住した方が彼の人生にとってよかったのか、日本に残った方がよかったのか、私にはわからない。それでも彼の娘さんに冗談で言ったことがある。
「私がブラジル行きに反対したから、あなたたちのお父さんは青森の娘さんと日本で結婚し、あなたたちが生まれることができたのだ、私のおかげだから感謝しろ」と。もちろん、行かなかったのは私の反対が理由ではなかったのたが。
厳しい現実の前に入植の夢が破れた人たち、遠い遠い南米から日本に帰ってくることはできなかった。そして苦しい生活を送るしかなかった。
一方、日本は高度成長を経て国外からも安い労働力を求めるようになり、やがて南米から日系三世、四世の若者が日本に働きに来るようになった。しかも日本語をろくにしゃべれない外国人として、南米の過剰人口の一員として日本に逆送され、日本政府、国内在住日本人に差別されながら低賃金で働かされるようになったのである。その子ども(四世、五世)のなかには学校にも行けず、日本語の読み書きもまともにできないものもいるという。
これでいいのだろうか。彼らを送り出した時代の人間の一人として本当に胸が痛む。何とかならないものだろうか。
戦後処理もいまだに終わっていない、戦後は終わっていないのだ、こう思ってしまうのだが、これも昔語りの好きなボケ老人の戯言なのだろうか。
かつて華やかだった過剰人口論、これも論じられることがなくなってきた。今こそ世界的な視野で人口問題を論じることが必要とされていると思うのだが、これも「年寄りの冷や水」だろうか。
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