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(229)「変則」から「正則」へ【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2021年4月30日

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宮城県仙台市出身の英語学者・教育者に斎藤秀三郎という方がいます。大学で英語学を勉強した方なら多くの方がご存じかと思います。彼は、東京のある学校の創立者でもあります。

斎藤が産まれた1866年は慶應2年である。幕末の仙台藩士の長男として生まれた彼は、幼い頃、米国人より英語を学んだようだ。東京の工部大学校に在学していた時には「図書館の英書は全部読み、大英百科事典は2度読んだ」という逸話がWikipediaに紹介されている。

一度は仙台に戻り、旧制第二高等学校で教鞭を取り、その後、岐阜・長崎・名古屋などでも教え、1893年7月に27歳で旧制第一高等学校教授となる。1896年、30歳の時に東京神田に正則英語学校(現在の正則学園高等学校)を創立し、1929年に亡くなるまで教育と研究に尽くしたという。年齢を考えたらこれだけでも凄い話だ。

斎藤が生きた時代は近代日本の基本的骨格が作られていく激動の時代だが、組織や制度も大きく変化した。

旧幕府時代の様々な教育組織は、明治2(1869)年には「大学校」となるが、それまでの主流の昌平学校(旧昌平坂学問所、湯島聖堂)は国学・漢学を教える「本校」、洋学中心の開成学校が神田一ツ橋の「大学南高」、そして御徒町の「医学所」が「大学東校」という形で再編されていく。

その過程で、例えば、医学の場合には当初はイギリス公使館医師のウイリアム・ウィリスによる英国医学の流れと、ドイツ(当時はプロイセン)医学を重視する流れの対立が起こる。その後の日本の医学の流れは近代日本史が教えるとおりである。東京大学の本郷キャンパスには「外国人」教授であるレオポルド・ミューラーの胸像があると思う。

なお、大学東校を去ったウイリスは西郷隆盛らの招きにより鹿児島医学校創設に関わる。日本を舞台にしたイギリスとドイツの水面下での様々な駆け引きや、周囲の様々な人々の政治的思惑が感じられるのは興味深い。

さて、第1世代の学生達は、ウイリスにしろ、ミューラーにしろ、直接外国人から外国語で医学を学んだようだ。これを「正則」という。これに対し、第2世代以降になると、外国人教師は帰国し、日本人が教えることになる。これが「変則」である。

全て調べた訳ではないが、当時は官立・公立の学校では「正則」が多く、私立の学校では「変則」が多かったようだ。「和魂洋才」という言葉があるが、西洋の優れた知識や技術「だけ」の習得に限定すれば「変則」で問題はないと考えたのであろう。また、当時はそれだけ「洋才」に対する渇望感が強かったのかもしれないし、実際、受験勉強も大変だったのかもしれない。

斎藤が正則英語学校を創立したのは、当時の英語教育・学習が結局は第一高等学校を頂点とする受験に焦点を当てた「変則」中心だったからだという。こういう話を聞くと、人の動きというものは変わらないということがよくわかる。

イギリス医学とドイツ医学の主導権争い、「正則」と「変則」、似たような事例は今でも無数に見ることが出来る。農業や農協の世界でも、欧米の特定国において、盛んだから、競争力があるから、売れるから、主流だから、などの理由で、そのまま形だけ模倣する動きが続いている。それでは、一時的に繁栄はしても持続性はない。結局は自分達で考えねばならない、いつそれを自覚するかである。

医学の世界について筆者は不案内である。語学学習は明治以降、150年の時間を経ているのに、斎藤の時代から余り変わっていないのかもしれない。ようやく近年になり「正則」がチラホラ見られるようになったが、依然として日本は「初級英会話」の有望市場であり続けている。もし、その他の多くの分野でも「変則」の世界が続いているのだとしたら、それはそれでビジネス・モデルとしては良くも悪くも凄いことだが、そろそろ脱却しないと本当に持たないと思うのは筆者だけであろうか。

*  *  *

とりあえず、ゴールデン・ウイークは、自分が無意識に壁を作り、「変則」の世界に安住しているものの中からひとつでも良いので「正則」の世界へ飛び出してみたらどうでしょうか。緊急事態宣言下でもネットの世界まで自粛は求められないはずですので。

本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】

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