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(233)五月の蝉聲(せんせい)、麦秋を送る【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2021年5月28日

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仙台平野を貫く広瀬川の近くでも麦秋です。ご存じのとおり麦には小麦と大麦がありますが、小麦に比べて大麦はどうも馴染みがない…、と言う人が多いかもしれません。私は大学を卒業して最初に担当した穀物が飼料用大麦でした。

かつて小麦や大麦は「国家貿易」という仕組みの中で、国からの払下げを受け実需者が使用する方式が中心であった。筆者が最初に担当したのも払下大麦・小麦である。その中でもとくに大麦は印象が深い。

肉牛の肥育後期においては、肉質改善のため圧ペン大麦が飼料として用いられることを学び、その原料大麦を、商社を通じて国が米国・カナダ・オーストラリアから輸入し、払い下げる。その払下品を入札して精麦業者に委託加工する仕事に携わったからである。1980年代当時の入札書類はホチキスではなく「こより」で綴じたものだった。

さて、1990年代くらいまで、わが国の大麦需要は食料用で約20万トン、飼料用で約150万トンほどであった。これに国産大麦が約20万トン加わる。数字からわかるとおり、圧倒的多数が畜産の飼料用需要である。

小麦同様、大麦も国家貿易が中心であり、民間貿易は極めて少量であった。例えば、わずか7年前の2014年ですら食料用と飼料用を含めた輸入大麦124万トンのうち、民間貿易は314トン(0.03%)と、最近の金利レベルである。

麦をめぐる構造はその後大きく変化する。簡単に言えば、国家貿易が激減し、民間貿易が激増したのである。2020年の輸入大麦数量約121万トンのうち、約97万トン(80%)が民間貿易である。背景を遡れば、1998年の「新たな麦政策大綱」あたりから説き起こす必要があるが、近いところでは2015年の日豪EPA、2018年のTPP11、そして2019年の日欧EPAという流れを踏まえておく必要がある。

さらに簡単に言えば、農産物の価格形成を基本的に市場に委ね、飼料用麦を民間貿易にシフトさせるという政策転換である。その時々になされた様々な議論や説明などに関する分析は既に複数の研究が詳細に解説しているため、ここでは全体を踏まえた視点を指摘しておきたい。

農家に限らず、国民の高齢化が社会全体として進展し、国内の食肉需要の伸びは苦戦している。さらに環境問題や動物愛護という視点、また持続可能性という観点から国内の畜産関係者が直面している課題は数多い。その中で、より良い国産畜産物を生産するための努力が官民を問わず継続されていることは間違いないであろう。

一方、例えば、大麦の民間貿易への以降は、当面、現在の需要に対応するため必要量を自由に市場で手当するという形で継続すると見られている。それは、良く考えれば国家貿易に比べて裁量が増え、臨機応変に対応可能であることを意味する。筆者が払下大麦に携わっていた頃から既に、実需者は米国産やカナダ産よりオーストラリア産を好んでいたが、産地別の払下割合を決定するのは国であり実需者には裁量が無かった。その点では大きな進歩である。

一方、好きなものを自由に調達することを追求する結果が、はからずも対象を外国産に求め輸入依存をさらに強める可能性を否定できず、国内農産物の増産という点からはいわば「諸刃の刃」であることを忘れてはならない。

先に見たように、食料用国産大麦市場は、約20万トンに過ぎず、それだけでは全量を持ってしても、国内の畜産需要にはるかに及ばない。

だが、食品向けには、生産者とJAや精麦メーカー、流通・小売業者など関係者の努力により各産地で様々な大麦新商品が開発されている。食パンからクッキーやお菓子まで、小麦は日常生活の至るところに存在するが、大麦といえば、依然として一般的にはビールや焼酎の原料、そして押し麦くらいという認識...と言ったら言い過ぎであろうか。

麦の世界を離れてかなりの時間が経つが、日本の大麦、これをもう少し何とか出来ないものか。

*  *  *

「麦秋の中なるが悲し聖廃墟」、これは水原秋櫻子。戦後、廃墟となった長崎の浦上天主堂を訪問した時の作とされています。なお、今回のタイトルは唐の詩人、李嘉祐の「五月蝉聲送麦秋」という一節です。5月のセミの声と麦秋、初夏も終わりですね。

本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】

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