『自立』『希望』『いのち』としての国際協力田米【小松泰信・地方の眼力】2021年6月2日
2020年度の「食料・農業・農村白書」(以下、白書と略)が5月25日に閣議決定された。
見当たらぬ食料自給率向上戦略
信濃毎日新聞(5月31日付)の社説は、白書が新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の中で、「自然災害や家畜伝染病の多発に加え、感染症の拡大も食料供給に影響を及ぼすリスクになるとし、不測の事態に備えていく必要があると強調した」ことを「もっともな指摘」としたうえで、「では具体的にどう備えを進めていくかとなると、説得力は乏しい。安定供給への道筋が見えてこない」と、切り返す。
「輸出規制回避などのため、国際協調を進める」との決意表明を取り上げ、「当該国が深刻な不足に陥った場合にも輸入を継続できるだろうか」と疑問を呈し、「国際市場で食料が逼迫(ひっぱく)する恐れが中長期的に増すのが避けられない以上、重要度が高まるのは国内の農業生産だろう。何をどれだけ維持・拡大していくか。腰を据えた議論が必要ではないか」と、核心を突く。
日本農業新聞(5月26日付)の論説も、「(白書が)新型コロナウイルス感染拡大の影響を分析したが、食料自給率の向上にどう生かすか踏み込みが不足」とし、「自給率向上への戦略」の策定を迫っている。
環境配慮型農政への展開の背景
「日本の農政が環境配慮型へと大きくカジを切ろうとしている」で始まる日本経済新聞(5月27日付)の社説は、政府が目玉政策のひとつに位置づけ、白書のトピックとして取り上げている「みどりの食料システム戦略」に言及している。
農水省が「有機農業が農地面積に占める比率を、2050年までに25%に高める目標を決定した」ことについて、「有機農業の推進は、世界の食料政策の流れになりつつある。欧州連合(EU)が30年までに農地に占める比率を25%にする目標を掲げたほか、中国なども積極的だ。日本もこうした動きに対処するのは当然のことと言える」と、評価する。
環境への配慮に加えて、「農地が狭くて生産の効率化に限界のある日本の農業にとって、農産物の付加価値を高めるうえでも意義がある」ことから、「環境への調和を内外の消費者に訴えやすい」とする。
ただし、わが国の自然条件下においては、「農薬を使わずに作物をつくるのが難しい」ことを認め、その普及に向けた品種開発や栽培技術開発への農水省の後押しや、生産者の栽培意欲を高めるための「補助金活用」の検討にまで言及している。
注目すべきは、有機農業を軸とした「みどりの食料システム戦略」を打ち上げた背景に、「2021年は9月の国連食料システムサミットなど、生物多様性や環境問題に関連する国際会議が予定されている。そうした機会に備え、日本の姿勢を明確にしておく必要があった」ことを指摘している点だ。
国連食料システムサミットの危機意識
「食料システムを変革しSDGs達成を~国連食糧システムサミット~」と題して白書に記されたコラムによれば、同サミット2021は、SDGsを達成するための「行動の10年」の一環として、グテーレス国際連合事務総長の呼びかけにより、今年9月にニューヨークで開催される。
「7億人の栄養不足人口、20億人の肥満又は過体重、毎年10億tを超える食料ロス、温室効果ガスの排出等、世界の食料をめぐる課題が山積する中、同サミットは、食料の生産、加工、輸送及び消費に関わる一連の活動を『システム』の視点で捉えて、その持続性の確保を世界的な共通の課題として議論し、今後のあるべき姿を示そうとする各国ハイレベルによる初めての国際会議となる」とのこと。
当然、参加国には、「状況を変える突破口となるコミットメントを行う」ことが求められている。
「『みどりの食料システム戦略』を始めとする我が国の取組について積極的に情報発信し、世界の食料システムの変革に貢献していく」と意欲満々。しかし、事態は悪化の一途をたどり、食料自給率38%のこの国が貢献できるとは思えない。
急増する世界の急性飢餓人口
日本農業新聞(5月29日付)の論説は、国連、欧州連合 (EU)、政府機関、非政府機関が協力して食料危機に取り組む国際的な連合体「食料危機対策グローバルネットワーク(Global Network Against Food Crises )」が5月に発表した『食料危機に関するグローバル報告書(2021 GLOBAL REPORT ON FOOD CRISES)』から、つぎのことを紹介している。55の国と地域で少なくとも20年の「急性飢餓人口」は約1億5500万人。19年より約2000万人増で、報告書の公表を始めた17年以降最悪。飢餓拡大の要因は異常気象、紛争に加えてコロナ禍。
同紙は、「日本も緊急支援と持続可能な開発支援を拡充すべきだ」と訴え、「食と農を基軸とした命の安全保障、国際貢献の在り方を政府も国民も真剣に考えるときに来ている」と、警鐘を乱打する。
国際協力田運動に学べ
「食と農を基軸とした命の安全保障、国際貢献の在り方」を考える上で参考になるのが、JA長野県グループの取り組みである。同グループは、1998年から、生産者・消費者が連携して休耕田などを活用して米を作り、飢餓に苦しむアフリカ・マリ共和国に送る「国際協力田運動」に取り組んできた。作付面積13.0a、送付数量720㎏から始まり、2020 年度は99.3a、 2958kg の米を、NGO団体マザーランド・アカデミー・インターナショナル(命の等しさ尊さを行動で子供たちに伝える母の会)を通じて届けている。
同グループが取り組みの意味にあげているのは、「輸入大国の反省と世界への平和貢献」と「マリ共和国の自立支援」。
「国際協力田米は、"自立""希望""いのち"そのものの配布です」「全ての人々が同じ量の食糧を得られれば、世界中の紛争の 50%は減少し、全ての人々が同じ質の食糧を得られれば更に 40%減少する」とは、同NGO団体の言葉。
しかしピーク時には、作付面積が212.5a(2007年度)、送付数量が7680㎏(2006年度)であったものが減少傾向にある。JA長野中央会は、休耕田や耕作放棄田の拡大と国際的食料危機を食い止めるために、取り組みの活性化を検討している。
政府に、わが国の水田と稲作農家、そして飢えに苦しみ食料支援を待つ、国の内外の人々を救おうとする気持ちがあるならば、この取り組みを全国展開させ、政府が一括買い上げて、広く支援米として活用することを求める。
これこそが、国連食料システムサミットなどで世界に胸を張って示せる、日本の姿勢である。
「地方の眼力」なめんなよ
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