(234)トラクターの安全フレーム【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2021年6月4日
2019年の農作業事故の死亡者数は前年より7人増えた281人です。このうち圧倒的多数の184人(65.5%)が農業機械作業に関わる事故でした。なかでもトラクター、とくに乗用型トラクターによる事故が最も多く、80人を占めています。
農作業には様々な機械や薬品を用いるため、常に適切な技術や方法、そして安全確保の対策が求められる。
農林水産省によると、2019年に発生した農作業死亡事故者数は281人であり、2010年の398人から減少はしている。農作業中の事故で最大のものは農業機械作業、とくにトラクターによるものだ。分類上は乗用型トラクターと歩行型トラクターに分けられるが、事故は圧倒的に前者であり、先に述べた184人のうち、前者が80人、後者が22人、残りが農用運搬車や自脱型コンバインなど他の農業機械関係である。
乗用型トラクターの事故内容を見ると、転倒が57件(71.3%)を占める。細かく見ると、ほ場等での転倒が32件、道路からの転倒が25件である。このほか、歩行型トラクターでは22件の事故のうち、「挟まれ」事故による死亡が10件報告されている。
また、農作業中の死亡者281名のうち、80歳以上が118名(42%)、65歳以上が248名(88%)であり、毎年80歳以上の事故死亡者が100人以上いることがわかる。事故発生は4・5月および8月が多い。作付け作業と熱中症か。詳細は下記の※で確認できる。
*
それにしても、もう少し海外の状況と比較できないかと考えていたところ、少し古いがイタリアの状況を分析した資料を見つけることが出来た。人口が日本の半分のイタリアだが、農用地は日本の約3倍1283万haある。また永年作物を除く耕地は674万haと日本の1.5倍強である。ここでトラクターの転倒(tractor overturn)死亡事故はどの程度起こっているかである。農地や機械の規模を考慮しても米国よりはよほど参考になる。いくつか興味深いポイントを簡単にまとめてみたい。
1.イタリア農業でトラクターにおける安全フレーム(ROPS:Roll-Over Protection Structure)装着が義務化されたのは1974年以降である。他国ではスウェーデンでこの安全フレームの装着によりトラクター10万台に対する死亡事故が17件から0.3件に激減した。ノルウェー、フィンランド、ドイツなどでも1960から1980年代にかけて同様の傾向が実証され、義務化が進んだ。
2.トラクター転倒による死亡事故は当局には年間25~30件報告されているが、実際はもっと多いようだ。これは正式な労働契約の有無との関係があるようだ。
3.Webによる情報共有普及により、正確な事故情報を迅速に共有できるようなった。
ということで、7年間873件のトラクター転倒による死亡事故を分析した結果、以下のことが判明したようだ。
・事故は春と夏に多い。これは日本と同じである。とくに作付け時期や夏場である。
・曜日では火曜と土曜が危険日だ。だが、他の曜日も結構な頻度で発生している。要は、農家にとって週末は自由時間ではない。また、天候や生育状態などの条件により一定時期までに作業を終了しなければならないということがプレッシャーとなる可能性が示唆されている。日本でもこういうことをしっかりと記してほしい。
・高齢者は一般にメンテナンスが不十分な古いトラクターを使用する傾向が高い。
・事故死亡者は男性のイタリア人が多いが、ルーマニア人等外国人も一定数おり、言語や操作技術の未熟さが事故につながる可能性がある。これは他山の石になり得る。
・当局に報告されている数よりも実際は4~5倍の事故が起こっているようだ。
さて、本年2月、春の農作業安全確認運動推進会議に提出された「安全フレーム等追加装備トラクタ所有者に対する調査結果等について」を見ると、トラクター購入時に安全フレームを取りつけなかった理由として、新車・中古とも「付けられることを知らなかった」が40~45%と最大である。未だにこんな状態だったの? ということに驚いた次第である。
外国人労働者に対する言語・技術習得の問題もだが、イタリアやスカンジナヴィア諸国で何十年も前に義務化された農業用トラクターの安全フレーム取り付けも我が国では1997年以降は義務化がされたようだが、それ以前の古いものは依然対象外のようだ。また、安全フレームが装備されていてもシートベルトをしなければ転倒時の事故は防げないが、運転する農家の大半がシートベルトをしていないとの調査もある。季節の啓蒙活動だけでなく、このあたりをもう少し徹底することが死亡事故の削減につながることは間違いないであろう。
* * *
筆者は農業機械分野について余り詳しくはありませんので、理解が間違っているところがあるかもしれませんが、もしこのとおりならば、この問題、高齢社会を迎え外国人労働者も数多く抱えていく中では、安全性確保の面から、一刻も早く対応すべきではないでしょうか。
※https://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_kikaika/anzen/attach/pdf/index-136.pdf
参考「イラストで見る事故事例」
http://www.naro.affrc.go.jp/org/brain/anzenweb/jirei/jirei.htm
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
重要な記事
最新の記事
-
飼料用米、稲WCSへの十分な支援を JAグループ2025年10月16日
-
【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】本質的議論を急がないと国民の農と食が守れない ~農や地域の「集約化」は将来推計の前提を履き違えた暴論 ~生産者と消費者の歩み寄りでは解決しないギャップを埋めるのこそが政策2025年10月16日
-
死亡野鳥の陰性を確認 高病原性鳥インフル2025年10月16日
-
戦前戦後の髪型の変化と床屋、パーマ屋さん【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第360回2025年10月16日
-
「国消国産の日」にマルシェ開催 全国各地の旬の農産物・加工品が集合 JA共済連2025年10月16日
-
静岡のメロンや三ヶ日みかんなど約170点以上が「お客様送料負担なし」JAタウン2025年10月16日
-
高齢者の安全運転診断車「きずな号」を改訂 最新シミュレーター搭載、コースも充実 JA共済連2025年10月16日
-
安心を形にした体験設計が評価 「JA共済アプリ」が「グッドデザイン賞」受賞 JA共済連2025年10月16日
-
東京都産一級農畜産物の品評会「第54回東京都農業祭」開催 JA全中2025年10月16日
-
JA協同サービスと地域の脱炭素に向けた業務提携契約を締結 三ッ輪ホールディングス2025年10月16日
-
稲わらを石灰処理後に高密度化 CaPPAプロセスを開発 農研機構2025年10月16日
-
ふるさと納税でこども食堂に特産品を届ける「こどもふるさと便」 寄付の使いみちに思いを反映 ネッスー2025年10月16日
-
「NIPPON FOOD SHIFT FES.」に出展へ 井関農機2025年10月16日
-
マルトモが愛媛大学との共同研究結果を学会発表 鰹節がラット脳のSIRT1遺伝子を増加2025年10月16日
-
マックスの誘引結束機「テープナー」用『生分解テープ』がグッドデザイン賞を受賞2025年10月16日
-
北海道芽室町・尾藤農産の雪室熟成じゃがいも「冬熟」グッドデザイン賞受賞2025年10月16日
-
夏イチゴ・花のポット栽培に新たな選択肢「ココカラ」Yタイプ2種を新発売2025年10月16日
-
パルシステムの奨学金制度「2025年度グッドデザイン賞」を受賞2025年10月16日
-
鳥インフル 英国からの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2025年10月16日
-
鳥インフル デンマークからの家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2025年10月16日