「無理をしない農業は儲からない」というのは間違い【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】2021年6月10日
ここに一つの興味深い比較データがある。放牧を中心とした根釧地域のマイペース酪農家と農協平均の経営収支の比較である。一般には、マイペース酪農では総所得が低い(1頭当たり所得が大きくても規模が小さいから)と思っている人が多いと推察するが、どうだろうか。
まず、経産牛頭数については、マイペース酪農が43頭と少ないのに対して、農協平均は87頭で、両者には、2倍の開きがある。確かに規模は小さい。そのため、農業収入合計では、マイペース酪農の約4000万円に対して、農協平均は2倍以上の9000万円強と大きな差がある。
しかし一方、購入飼料や購入肥料などを抑えて、放牧によって生態系の力を最大限に活用した循環型のマイペース酪農は、支出が約1900万円で、農協平均の約6800万円の1/3以下である。
その結果、農業所得は、マイペース酪農の約2000万円に対して農協平均が約2400万円で、大きな差がなくなり、さらに、資金返済後の所得では、約1800万円で、両者はほぼ同じに並ぶ。
つまり、このデータでは、「放牧型酪農は1頭当たり所得が大きくても規模が小さいから総所得が上がらない」という指摘は覆されている。平均の半分の頭数で、牛も快適で、人にも環境にも優しく、無理をしないで、ほぼ同じ所得が得られるのである。
所得率は50%で、通常の2倍である。1頭当たり乳量は6700kgとやや少ないが、苦労して8500kgに上げるのが生産性ではない。「乳搾りマシーン」のようにこき使われたら、牛はへとへとになって病気も増え、寿命も縮む。平均2.5産くらいで処分されてしまう。無理をしないで、牛も快適で長生きしてくれて、牛との生活を楽しんだほうが、結果的に生産性も上がるということである。
なお、こうした経営の強さは、飼料代の高騰や乳価の下落時にも発揮される。飼料・肥料代が10%値上がりしたと仮定すると、マイペース型は61万円の所得減となるが、農協平均では304万円の所得減となり、資金返済後の所得は逆転する。乳価が 10%下がると資金返済前の所得で同等になる。経営環境の変化に対して「強靭」なのである。
さらに、放牧によるCO2貯溜などの地球環境への貢献(温室効果ガスの排出抑制など)は社会全体の利益であり、本来、社会が税金なりから、農家に支払うべきものである。こういう要素も加味すると、無理をしない農業の優位性はさらに大きく認識される。
飼料穀物、肥料、労働力、種など、生産要素の外部依存の危険性もコロナ禍で再認識された。こうしたデータも参照し、無理をしない農法にも一層着目して、こうした「無理をしない技術」が「横展開」されて広がっていくことに期待したい。
自然の摂理に従い、生態系の力を最大限に活用した農法は、人にも、生き物にも、環境にも優しく、持続性が高く、生産性も高いのである。これは、アグロエコロジーの概念とも通ずると思われる。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(123) -改正食料・農業・農村基本法(9)-2024年12月21日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践 (40) 【防除学習帖】第279回2024年12月21日
-
農薬の正しい使い方(13)【今さら聞けない営農情報】第279回2024年12月21日
-
【2024年を振り返る】揺れた国の基 食と農を憂う(2)あってはならぬ 米騒動 JA松本ハイランド組合長 田中均氏2024年12月20日
-
【2025年本紙新年号】石破総理インタビュー 元日に掲載 「どうする? この国の進路」2024年12月20日
-
24年産米 11月相対取引価格 60kg2万3961円 前年同月比+57%2024年12月20日
-
鳥インフルエンザ 鹿児島県で今シーズン国内15例目2024年12月20日
-
【浜矩子が斬る! 日本経済】「稼ぐ力」の本当の意味 「もうける」は後の方2024年12月20日
-
(415)年齢差の認識【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年12月20日
-
11月の消費者物価指数 生鮮食品の高騰続く2024年12月20日
-
鳥インフル 英サフォーク州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年12月20日
-
カレーパン販売個数でギネス世界記録に挑戦 協同組合ネット北海道2024年12月20日
-
【農協時論】農協の責務―組合員の声拾う事業運営をぜひ 元JA富里市常務理事 仲野隆三氏2024年12月20日
-
農林中金がバローホールディングスとポジティブ・インパクト・ファイナンスの契約締結2024年12月20日
-
「全農みんなの子ども料理教室」目黒区で開催 JA全農2024年12月20日
-
国際協同組合年目前 生協コラボInstagramキャンペーン開始 パルシステム神奈川2024年12月20日
-
「防災・災害に関する全国都道府県別意識調査2024」こくみん共済 coop〈全労済〉2024年12月20日
-
もったいないから生まれた「本鶏だし」発売から7か月で販売数2万8000パック突破 エスビー食品2024年12月20日
-
800m離れた場所の温度がわかる 中継機能搭載「ワイヤレス温度計」発売 シンワ測定2024年12月20日
-
「キユーピーパスタソース総選挙」1位は「あえるパスタソース たらこ」2024年12月20日