「論」なるもの(上)「絶対でなく相対的真実」JA全中教育企画課長 田村政司【リレー談話室・JAの現場から】2021年6月14日
なぜか使えない
世の中には、マーケティング論やコミュニケーション論など、さまざまな「論」がマニュアル化され、ビジネス本として販売され、盛んに研修が行われている。JAグループの教育研修においてもビジネススキルの修得は大きなテーマである。
ところで、この種の研修に出ると、「目から鱗」のごとく、こうすれば上手くいくんだと感動したりもするが、職場に戻っていざ試してみると、これまたなかなか上手くいかない。数学ではないが、公式を覚えても問題が解ける訳ではない。コミュニケーション力などスキル修得は、実際に経験し、失敗を重ねながら、自ずと身に着けていくことが必要だ。
経営戦略論も同様で、STP4P(セグメント・ターゲッティング・ポジショニング=製品・価格・流通・プロモーション)といったマーケッティング公式にしたがって、数字や言葉を当てはめていっても、使い物になる販売戦略ができるわけでもない。
自然科学と異なる
これら「論」なるものは、成功したさまざまな企業の取り組みの中から、共通するエッセンスを抽出し、それらを体系化・ストーリー化したものであるが、企業一つひとつの取り組みをみてみると、成功した要因は共通のエッセンスのみではない。これらは戦略が具備する必要条件であって、十分条件ではない。この点、例えば相対性理論など自然科学でいうところの「論」とは異なり、経営学などの社会科学の追求する「論」は、唯一絶対の真実ではなく相対的な真実といえる。
「坂の上の雲」3巻で、秋山真之が海軍大学校の教官時代に自身の海軍学を組織しえた秘訣を教えるくだりがある。「あらゆる戦術書を読み、万巻の戦史を読めば、諸原理、諸原則はおのずから引きだされてくる。皆が個々に自分の戦術をうちたてよ。戦術は、借り物ではいざという時に応用がきかない」。言い換えれば、100の事実の中から10の原理を自ら抽出し、それを1000の現実の場面に応用せよと。
では、こうした「論」なるものを教えること、学ぶことに意味がないかというと、そうでもなさそうだ。千利休の訓に「守破離」という教えがある。まずは師から教わった「型」を徹底的に「守」り、身につけ、次に他の流派の型などを研究し、自分なりの型を模索し、既存の型を「破」り、そして、型から「離」れて自在になるという教えである。
次期中計策定を通じて
今年はJA全国大会があり、多くのJAでは、組合員の営農や暮らしをめぐる大きな環境変化の中で、10年後を見据えた中期経営計画を策定する年である。計画策定には、一定の手順・フォーマット、最近でいえばKPIの設定など、いわゆる「論」なるもの、作法のようなものがある。そこに言葉や数字をいれていくと、なぜか見た目はそれなりのものができあがる。ある種の様式美のようなものであろう。
しかしながら、いざ実践するとなると、そうした「論」に囚われてしまった計画は、すぐに神棚にあがり、これまでの日常がもどってくるものである。
ではどうすればよいのか。自ら粘り強く考え、仲間と議論し、悩み、作り上げることだ。そうして、できあがったものを振り返った時、それは「論」なるものの要素を兼ね備えた戦略となっている。また、このプロセスに携わった人の中に「論」なるものが自ずと血肉化され、その後に活かされていくことになる。「論」なるものとは、そういうものと私は考えている。
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