追悼・谷津元農相 「耕心」貫いた生粋の農林族【記者 透視眼】2021年6月15日
谷津義男元農相が急逝した。享年86。請われれば「耕心」を揮毫した生粋の自民党農林族だ。突破力があり、特に自由化の巨大波が襲い続ける国際交渉で手腕を発揮した。目をつぶると、谷津との取材の日々が昨日のように思い浮かぶ。
せっかちだが心優しい「情の政治家」
国内の最高気温記録もある群馬・館林出身だけに、〈熱い〉思いの自民農林族だ。庶民と農民に寄り添う「雑草の政治」を掲げ政治活動に邁進してきた。
初当選は1986年の中曽根内閣の「死んだふり解散」を経た7月6日の衆参ダブル選挙で。この時、自民党は衆院304、参院74と圧勝。中曽根は「政治ウイングを左にまでのばした」とさえ豪語した。1党の衆院議席の記録は2009年の民主党が308議席を獲得し政権交代、自民下野まで破られなかった。当選同期には、後に首相を目指す石破茂がいる。石破は若い頃、自民農林部会の小委員長などを精力的にこなし、農政問題の党務に励んだ。同期の谷津の影響があったのかもしれない。
上州人だけあって、尻上がりの言葉をせっかちに話す。だが、人柄が良く内実は心優しいところがあった。何より、農協に理解があった。早世した自民農林族のプリンス・中川昭一を〈昭ちゃん〉と言ってかわいがり、その中川を巡り鈴木宗男と大げんかしたこともあった。
幻のスクープのネタ元
谷津との個人的な思い出は数多いが、今でも脳裏に残るのが結局記事にできなかった〈幻のスクープ〉だ。
それは四半世紀前の1995年、農協経営の屋台を揺るがした住専問題の中で起きた。「住専問題」とは1994年、バブル景気崩壊で一気に表面化したノンバンクの不良債権問題で、その後の日本経済全体を巻き込む金融危機の端緒ともなる。
住専には、信連を中心に農協系統資金が大量に貸し付けられていた。住専がつぶれれば、系統は資金の回収は不可能となり、農協経営は未曾有の経営危機を迎える。政府による救済策が問われた。こんな中で、衆議院会館から出てきた自民農林幹部の谷津から想定外の言葉を聞く。「大蔵省と具体的な政府負担を詰めたぞ。おやじに言ってこい」と。〈おやじ〉とは全中会長のことだ。住専問題の政府負担が固まれば、住専処理スキームがほぼ決まる。谷津が明かした住専政府負担額は6850億円だ。
この時、心の中で「日本経済を揺るがす特ダネだ。だが違えば取り返しの付かないことになる」とつぶやいた。しかし、農林中金などに確認しても「まだ何も決まっていない」の一点張りで結局、記事化することを断念した。
自民金融PT座長・柳沢も「そうだよ」
谷津から特ダネを聞いた直後に当時、住専問題で自民党の系統金融PT座長を務めていた柳沢伯夫に確認すると「そうだよ」とあっさり認めた。そして「今、農林中金の角道謙一理事長がお礼のあいさつに来る」と付け加えた。確かに住専問題は着地に向け急転していたのだ。
柳沢は大蔵官僚出身で頭脳明晰。農林部会長を務め、後に金融関連の閣僚を歴任する。今年、平成時代の金融危機を概観した『平成金融危機』を上梓し、金融再生の内幕を明かしている。この中で住専問題にも触れる。大蔵省との大詰めの交渉で、大蔵事務次官、主計局長、銀行局長ら幹部とのやり取りの場面が出てくる。柳沢が過大な系統負担を拒むと、大蔵次官が「では主計局で対処するように」と話す。つまりは政府による財政負担決断だ。柳沢は「農業関係者との調整の上、5000億円程度の負担を想定していた。それがほぼ言うとおりにあっけなく決まった」と述懐している。同著にはPT幹部の国会議員3人ほど出向いたと書いている。谷津が明かした〈幻のスクープ〉は、その時に柳沢と同席していた証だったかもしれない。
WTOの攻防で力発揮
谷津が存在感を示したのは国際交渉である。
日本農業が瀬戸際まで追い詰められたのは2008年夏、WTO農業交渉の大詰めの場面だ。この時、谷津は自民党の農林水産物貿易調査会(貿調)会長。ファルコナー農業交渉議長案の重要品目のタリフライン(関税品目)は4%、低関税輸入枠の条件付きでプラス2%の合計6%という厳しいものだった。
日本は重要品目を守るためタリフラインの10%、最低でも8%の確保が大きな焦点となった。そこで谷津はWTO本部のあるジュネーブで農業交渉議長への直談判を行う。「重要品目6%では沖縄のサトウキビが成り立たなくなる。国境を守っている離島が生存していけないのは大きな問題だ」と、国の安全保障の観点から議長案の変更を迫ったのだ。
一方でWTO閣僚交渉に出席している若林正俊農相(当時)には「重要品目の十分な数が確保できなければ、大臣はレマン湖に飛び込むか、どこかに亡命するしかない」と不退転の決意で臨むよう激励と続けた。
だが、重要品目はタリフラインの「4%プラス2%」がせいぜいとなり、日本側の要求実現は極めて困難になった。その時、交渉決裂の別の突風が襲う。米国と中印の抜き差しならぬ対立だ。それ以降、WTOは漂流し、やがてTPPをはじめメガFTA交渉が主流となる、日本農業をさらに追い詰めていく。
先見の明があった二人
谷津を懐かしむ時、当時、同じ農林族で活躍したもう一人、熊本出身の松岡利勝の顔も浮かぶ。ともに農相を務めた。
松岡は「政治とカネ」に追い詰められ最期は自ら命を絶つ。一方で正義感が強く何事にも筋を通した谷津は天寿を全うした。今考えると、この二人は二つの点で相似形だった。一つ並外れた突破力。もう一つは先見性だ。谷津は環境保全、有機農業の将来性を早くから見通し推進議連も立ち上げた。一方で松岡は農産物輸出の可能性を探っていた。コメの国内需要減と国際化の中で日本農業の生き残りを模索しようとした。
記者の〈透視眼〉でのぞくと、旅立った谷津、松岡二人の代表的な農林族が力を注いだ「有機農業」「輸出」の存在感が見えてくる。
(K)
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