「五輪強行」賭けに出た菅総理―吉か凶か【森田実の政治評論】2021年6月26日
「人間の一生に賭けをしてはならない時が二度ある。
それをする余裕のない時と、余裕のある時である」
(マーク・トウェイン)
「進むを知りて退くを知らず」
中国古典「易経」の中の格言である。
菅義偉総理の今日までの政治活動を調べてみると、つねに「前進あるのみ」である。菅義偉という政治家の辞書に「退く」という言葉はないのかもしれない。
ちなみに、「易経」においては、この言葉の前に「亢竜、悔い有り」がある。龍が高く登り過ぎて過ちを生じ後悔する、という意味だ。また、この言葉のあとに「進退存亡を知りて其の正を失はざる者は、夫れ唯聖人か」とある。
菅総理は、政府与党全体を「五輪強行」路線に引き込むためにG7を利用した。これは見事に利用した。
菅総理は、G7を主導する米英両国が欲する「日本の中国包囲網」への積極的な参加を表明することにより、G7の「東京2020オリパラ」支持をとりつけた。これにより日本政府と自民・公明の与党は、菅総理のG7に対する約束に拘束され、五輪強行を批判すら出来なくした。菅総理の勝利であるが、これは政界の中だけのことであり、一時的なものだ。国民が、この菅総理の路線に従うかどうかは不明である。この意味で、7月4日の東京都議会議員選挙は注目される。
それ以上に、予測できないのは新型コロナ変異株がどうなるか、である。菅総理ら政府与党は大きなパンデミックは避けることは可能だと思っているようだが、予想に反して大パンデミックが起これば、菅総理の"賭け"は凶と出ることになる。その時は、菅内閣だけでなく、自公連立政権が大危機に直面する。2009年8月30日の衆院選と同じことが起こるかもしれないのである。
それでも、菅総理と自公連立与党は、賭けに突進しようとしている。菅政権の本質は「ただ前進のみ」である。菅総理がコロナとの戦いに勝てるのか? これは賭けだ。
東京五輪は7月23日に開幕する。つづくパラリンピックが終わるのは9月5日だ。その期間と直後にパンデミックが起きないことを祈るのみだが、どうなるか。一度開いた「人の波」を止めるのは困難かもしれない。
菅総理はパラリンピック終了後に臨時国会を召集し、衆議院を解散するとの見方が常識化している。この場合、投開票日は早ければ9月26日だ。10月3日、10日、17日もありうる。吉と出るか凶と出るか。菅総理は大きな賭けに出た。この時、国民はどう動くか。菅総理を支持するか拒否するか。政権交代の可能性すらはらんだ一代政治決戦となるかもしれない。
静かに広がる「徳なき政治」への批判
今のところ水面下の動きに過ぎないが、2012年末に発足した第2次以降の安倍晋三政権とこれを継承した菅義偉政権9年間の「徳なき政治」への批判は国民の間に静かに広がり、自民党議員にも影響し始めている。
今日まで約60年間、私は中間距離に立って政界を観察してきたが、日本の政界における倫理力の衰退は目を覆うばかりである。
政治家の元祖のアリストテレスは、政治家は倫理的卓越性と知的卓越性の二つを同時に持つべきだと主張した。私は日本の戦後76年間の政治を見てきたが、政治家の質の低下はひどい。倫理的卓越性を持たず知的卓越性もない凡人政治家が増えている。この一因は衆院の中選挙区制度を廃止し、現行の小選挙区比例代表並立制を導入したことにあるが、政界内で、選挙制度を見直すべしと主張する者はほとんどいない。このままでは政治家の劣化を止めることはむずかしい。
ところが。最近、「徳なき政治」への批判者が自民党内でも増え始めている。
注目すべきは、石破茂氏の動きである。石破氏は中道的な立場からの正論を主張しつづけているが、一般国民の中に、石破茂氏への期待感が高まり始めている。石破氏の情熱はいささかも衰えていないようである。
品格なき「3A」の蠢動(しゅんどう)
最近の自民党内の主導権をめぐる動きは活発化しているが、品格に欠けている。仕掛け人は、次期幹事長を狙っていると見られている甘利明税調会長だ。「3A」とは安倍晋三前総理、麻生太郎副総理(元総理)と甘利氏三氏のこと。衆院選挙の党の主導権を狙って動き出したとみられている。
他方、岸田文雄広島県連会長は、河合夫妻事件の1憶5000万円問題の追求を始めたが、結果的に、かつての盟友の安倍前総理への疑惑を高めることになった。
これに対し、二階俊博幹事長と林幹雄幹事長代理の党内融和のための工作が効を奏し、党内対立は緩和されてはいるが、3Aの野望は衰えていない。党内抗争が再燃すれば選挙に悪影響をもたらす。
2021年、自民党政権は結党以来の危機に直面している。
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