先進資本主義国における構造政策の展開【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第155回2021年7月8日
高度経済成長が本格化し始めた1961(昭36)年から62年にかけて、東北のある県の農業会議は、県内のすべての村々で講演会を開いた。その冒頭の挨拶は「皆さま待望の農業基本法ができました」から始まって講師の紹介で終わり、講師(大学教員)による基本法の解説の講演に入った。
この挨拶のように本当に農業基本法が農家の待望するものだったのか、それには疑問があるが、ともかく当時は主作物の一つだった麦、豆がつくれなくなり、山間部の薪炭も売れなくなり、農工間所得格差、地域格差が拡大し始めており、農業・農村内部も変わりつつあり、農家のなかに何とかしなければという雰囲気があったような気がする。これに対して政財界やマスコミは、これからは農業基本法にもとづいて農業の「近代化」を進めていこうと明るい展望を振りまいた。
それから約40年近く、つまり20世紀末まで、この農業基本法にもとづいた農政、いわゆる農業構造政策が展開され、日本の農業に大きな影響を与えることになるのだが、それをこれから改めて振り返ってみたい。若い人にはまさに昔話だし、しかも私なりの見方、考え方でしかないが、これからの農業、農村、農協の方向を考える上で何かの参考になれば幸いである。
まず、農業基本法制定の背景であるが、私なりに理解している範囲内で簡単に触れておきたい。
1950年代後半、世界の先進資本主義国の工業生産力は戦前をしのぐきわめて高い水準に到達し、それと並行して資本の強力な独占体制が形成されるようになった。そして各国が国際市場に復帰し、激烈な輸出競争を展開するようになってきた。同時に各国の農業生産力も復活してきた。
こうしたなかで戦後工業製品の輸出を独占してきたアメリカの優位性は崩れ、さらに食糧輸出も伸び悩み、農産物の過剰問題、価格低下問題をも抱えるようになった。
こうした問題を解決しようとアメリカの主導で進められたのが、輸入自由化、資本自由化だった。これまでのような保護貿易ではアメリカの輸出は縮小するばかりであり、戦後蓄積した資本の投下先も少なくなるので、世界を開放経済体制に変革しようとしたのである。
他の先進国の資本もそれに同調した。自分も他国に輸出して成長したいからである。
しかし、そのためには国内的な経済構造の再編成を進めなければならない。自由化で他国の資本に負けたりしないように、いわゆる国際競争力を強化するために、重化学工業を中心とした産業構造へと再編成し、設備投資を進めて高度の資本蓄積を進めていくことが必要となったのである。
そこで進められたのが構造政策であった。政府が介入、規制、誘導して国際競争力の弱い産業、斜陽産業や中小企業を切り捨て、それによって浮いた労働力や資本を重化学工業を中心とする独占的大企業に集中させる等々、産業構造を大きく変化させることにしたのである。
同時に、道路、港湾、工場用地造成等々の公共事業支出を増やして重化学工業製品の需要をつくりだし、また輸出拡大の基盤を整備してやり、重化学工業の発展を図ることを目的とした地域開発政策を展開した。
これに対応して農業構造も変えなければならない。農業生産力が戦後高まったとはいえ、その生産の維持にはいまだに多数の農業者が必要とされている。これでは工業の発展に必要な労働力を十分に確保しきれない。しかも農産物価格は高い。これは労働者の賃金を高め、工業製品のコスト引き下げを妨げる。これでは国際競争に勝てない。しかも、農産物価格が高いにもかかわらず農工間所得格差が拡大しつつあり、農民の不満も大きくなっている。これにも対応しないわけにはいかない。だからといって価格政策、補助金政策を展開すれば財政負担が増大する。
こうした問題を解決するためには、これまでの零細な小農経営の支配する農業の構造、その基礎をなしてきた低い生産力構造を変革する必要がある。つまり高生産性農業を創出し、少ない労働で農業がやっていけるようにしていかなければならない。そうやって余らせた労働力を豊富に農業から工業に流動化させ、同時に農産物のコストを低め、価格を安くして低い労賃で雇用できるようにしていかなければならない。また工業の成長に必要な工場用地や労働者の宅地などの土地を農業から流動化させることも必要である。そのために国家が介入、規制、誘導していく必要がある。
こうしたことから先進資本主義国で展開されたのが農業構造政策だった。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(139)-改正食料・農業・農村基本法(25)-2025年4月26日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(56)【防除学習帖】第295回2025年4月26日
-
農薬の正しい使い方(29)【今さら聞けない営農情報】第295回2025年4月26日
-
1人当たり精米消費、3月は微減 家庭内消費堅調も「中食」減少 米穀機構2025年4月25日
-
【JA人事】JAサロマ(北海道)櫛部文治組合長を再任(4月18日)2025年4月25日
-
静岡県菊川市でビオトープ「クミカ レフュジア菊川」の落成式開く 里山再生で希少動植物の"待避地"へ クミアイ化学工業2025年4月25日
-
25年産コシヒカリ 概算金で最低保証「2.2万円」 JA福井県2025年4月25日
-
(432)認証制度のとらえ方【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年4月25日
-
【'25新組合長に聞く】JA新ひたち野(茨城) 矢口博之氏(4/19就任) 「小美玉の恵み」ブランドに2025年4月25日
-
水稲栽培で鶏ふん堆肥を有効活用 4年前を迎えた広島大学との共同研究 JA全農ひろしま2025年4月25日
-
長野県産食材にこだわった焼肉店「和牛焼肉信州そだち」新規オープン JA全農2025年4月25日
-
【JA人事】JA中札内村(北海道)島次良己組合長を再任(4月10日)2025年4月25日
-
【JA人事】JA摩周湖(北海道)川口覚組合長を再任(4月24日)2025年4月25日
-
第41回「JA共済マルシェ」を開催 全国各地の旬の農産物・加工品が大集合、「農福連携」応援も JA共済連2025年4月25日
-
【JA人事】JAようてい(北海道)金子辰四郎組合長を新任(4月11日)2025年4月25日
-
宇城市の子どもたちへ地元農産物を贈呈 JA熊本うき園芸部会が学校給食に提供2025年4月25日
-
静岡の茶産業拡大へ 抹茶栽培農地における営農型太陽光発電所を共同開発 JA三井リース2025年4月25日
-
静岡・三島で町ぐるみの「きのこマルシェ」長谷川きのこ園で開催 JAふじ伊豆2025年4月25日
-
システム障害が暫定復旧 農林中金2025年4月25日
-
神奈川県のスタートアップAgnaviへ出資 AgVenture Lab2025年4月25日