【浅野純次・読書の楽しみ】第64回2021年7月17日
◎古賀茂明 『官邸の暴走』(角川新書、1100円)
永田町の最大の注目点は、官邸の存在感が急上昇していることでしょう。代わりに霞が関の官僚たちはすっかり影が薄くなり、忖度ばかり目立ちます。
本書は元通算官僚の著者だけに、官邸で専横を振るう元官僚たちの心理や権力の源泉などを精緻に分析して、興味深い見方を提供してくれます。
そこには首相との力関係があります。安倍、菅という無能首相(著者の見立てです)をうまく利用する官邸官僚たち。経産出の今井尚也、長谷川榮一、警察畑の杉田和博、中村格はじめたくさんの人物が俎上に乗りますが、著者ならではのメスさばきが鮮やかです。
彼らは出身省庁では必ずしも順風満帆ではありませんでした。次官のイスを目前で逃した人もいます。そうした彼らにとって首相という虎の威を借りて、霞が関の先輩や後輩を意のままに操る快感を、本書は見事にえぐり出しています。
もちろん官邸は首相、官房長官など政治家しだいです。安倍、菅両氏の人物と政策については極めて厳しい分析があって大いに参考になります。そしてさらに、日本の恐るべき国力低下とその処方箋についての詳しい論述がなされていて、教えられることが多々あります。新書ながら質量とも充実の一冊です。
◎武田砂鉄 『偉い人ほどすぐ逃げる』(文藝春秋、1760円)
簡単にウソをつく。逃げまくる。相手が忘れるのを待つ。偉い人ほどこの三つ道具で乗り切ってきたけれど、著者は「そんな手にやすやす乗らない」作戦を主張します。
本書は数年前から雑誌に連載してきた時事エッセーからなっていて、そのために古めのテーマもあります。でもよく考えてみると、それらの多くは忘れてはいけないものです。
オリパラも始まってしまえば過去のことはどうでもよさそうですが、やはり「復興五輪のいかがわしさ」からしっかり見詰め直すべきなのでしょう。「女性活躍社会」を繰り返し叫んだ安倍政権で、結局、女性に活躍の場が何一つ広がらなかったこともしっかり記憶されるべきことです。
要するにこの本から学ぶべきことは淡白ではいけないということです。政治家をはじめとしたリーダーも本来そうなのですが、何より国民の側がしつこくなければいけない。いつまでも覚えていて、何度でも批判すべきはする。そのことを体に覚えこませる良い手掛かりとなる本です。
◎半藤末利子 『硝子戸のうちそと』(講談社、1870円)
著者は夏目漱石の孫(母が漱石の長女)。父は作家の松岡譲で、夫は昭和史家の半藤一利さんというすごい家で暮らしてきました。雑誌の連載をまとめたエッセー集ですが、これがすこぶる面白い。
冒頭、漱石夫人の鏡子さんを中心に子や孫たちの人間関係がつづられ興味津々です。この部分、漱石好きにはたまらないでしょう。各人の性格や互いの関係が飾らず赤裸々に語られ、神経症に苦しんだ漱石の家族に対する暴力行為への言及にも遠慮はありません。
続くは、書名どおりの内と外のエッセー、最後は晩年の半藤さんの闘病記(主に大腿骨骨折)ですが、夫婦愛の一方で「あのバカ男と暮らす不安」など悪態をさんざんついていて笑いを誘われること再三(のはず)です。
死の直前、「墨子を読みなさい。あの時代に戦争をしてはいけないと言っている。偉いだろう」と半藤さんが奥さんに語った話など最後まで良い夫婦だったなあと感心しました。
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