(244)「青人草」と「蒼生」、そして「迷える子羊」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2021年8月13日
お盆です。起源はもちろん仏教に由来します。正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」ですね。今年は東京オリンピック、そして首都圏では新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言下でもあります。さて、今回はあちらとこちらの境の話をもとに少々。
『古事記』に有名な話がある。伊邪那岐の命と伊邪那美の命だが、ここではわかりやすく夫と妻とする。2人で国造りの仕事をしている途中で妻が亡くなる。夫は亡き妻を求めて黄泉の国へ行く。妻ははるばる訪ねた夫に感謝しつつも、自分は既に黄泉の国の食べ物を食べたため、黄泉の国の神と相談するので、その間は私の姿を見ないで御殿の外で待っていてほしい...、と言い、中に入る。
しばらく待っていた夫は待ちきれなくなり、つい覗いてしまう。と、そこには既に恐ろしい姿となった妻が...、となり慌てて逃げ帰ろうとする。すると妻は、「言令見恥吾」、つまり「私に恥をかかせたな!」と言い、黄泉の国の様々な追手を使い、追いかけてくる。
追われる夫は途中で髪飾りや櫛を投げ、追手を足止めし、ようやく生者と死者の世界の境にある黄泉比良坂(よもつひらさか)の下にたどり着き、そこに生っていた桃を投げつけると追手は逃げ帰る。ここで、夫がその桃に対して以下のように言う。
「汝、我を助けしが如く、葦原の中国(なかつくに)にあらゆる現しき青人草の、苦しき瀬に落ちて患い惚む時、助くべし」
これは現代語で言えば、「桃よ、私を助けたように、私の国の人々が苦しく思い悩むときには助けよ」である。これ以降、桃は魔除けの力を備えることになる。神話では最後に外に出た夫が黄泉比良坂を「千引の岩(ちびきのいわ)」で塞ぐが、追いかけてきた妻との岩越しの会話がある。私にこのようなひどいことをするならあなたの国の人々を毎日千人殺すという妻に対し、それなら私は毎日1500人の産屋を建てる、という形で何とも凄いやりとりがある。
さて、先の言葉の中に「現しき青人草」(うつしきあおひとくさ)という表現がある。これは一般的には「この世の人々」のことである。昔の本を読むと「民草(たみくさ)」という表現に出会うことがあるが、人々のこと、「衆生」ともいう。草が生えるように人が年々増えることを例えているという説明をしている辞書もある。
さらに、「青人草」はそもそも「蒼生(そうせい)」という漢語の訳語ではないかと指摘している研究もある。古代中国語では「蒼生」という言葉はよく使われていたようであるし、『日本書記』には「蒼生」が何度も登場する。
厳密な語義の解釈は別として、一般的には「蒼生」は「多くの人々」のことである。学生時代に読んだ石川達三氏のブラジル移民をテーマとした名作『蒼茫』、これも同じ意味だが、私より下の世代には山下達郎氏の「蒼茫」の方が思い浮かぶかもしれない。
「青人草」「蒼生」「蒼茫」がひとつにつながったところで、ふと思い出したのが聖書における「迷える子羊」である。「ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、99匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を探しに出かけないであろうか」(『新訳聖書』「マタイによる福音書」18-12)。
キリスト教では人々を「迷える子羊」とそれに対応する行動に例えたのに対し、日本では「青人草」のように「草」に例えている。肉食民族と草食民族の考え方の違いと言ってしまえばそれまでだが、洋の東西を問わず、いろいろな例え方があるものだと興味深い。
* *
1960年当時30億人であった世界の人口は現在77億人であり、2050年には97億人にまで増えることが見込まれています。我々は地球上の「青人草」か「蒼生」か、あるいは「迷える子羊」か、そんなことを考えるのもお盆の時期だからかもしれません。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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