3年産米の先売りを控えた産地業者の予感【熊野孝文・米マーケット情報】2021年8月17日
8月6日にWeb上で開催された米穀業者の情報交換会。話題の中心は3年産米の作柄に集中、その中で「高温障害」を懸念する声が聴かれた。その時は、関東でも体温を超えるような猛暑が続いており、水稲の高温障害が現実味を帯びていた。その後、一転して長雨と低温で15日にはそれを不安視する情報がもたらされるなど気象条件の変動の激しさは、まさに異常気象と言う表現がピッタリだ。
Web上の情報交換会のあとは、Web上でコメの取引会が行われる。コロナ禍で変化したものの一つだが、毎月1回1年半以上も行われていることもあって、回を重ねるごとにスピーディに取引が行われるようになっている。Web上の取引がスムーズに行えるようになった要因としては、出来るだけリアルな取引を再現した取引手法にしたことで、Web上でも場立ちを立て、パソコンの画面上にエクセルで作成した売り買い一覧表を掲載、一覧表の右隣に場立ちの顔と売り声、買い声を発した業者の顔がアップされるようになっている。こうすることによって受渡場所・期日やロット等の諸条件のやり取りが画面上で出来る。
この日の取引会では、消費地のコメ卸や大手小売店から3年産米千葉ふさおとめ、ふさこがね、茨城あきたこまち、千葉・茨城コシヒカリなど「8月中渡し条件」の買い声が上がった。成約価格はいずれも1等・置場条件で千葉ふそこがねクラスが1万500円、あきたこまちが1万800円で、想定された範囲内の価格であったが、意外なことはコシヒカリが9月上旬まで渡し条件までの買い声があったものの売り物が出なかったことである。ちょうど台風が関東を伺うように北上しつつあった時で、産地側もリスクを避けたかったのかも知れないが、まさかその後これほどまでの長雨と低温が続くとまでは予測していなかったはずである。
昔からコメの収量は鎌が入ってみないと分からないと良く言われきたが、近年はその傾向が特に強まっている。高温、多照続きで豊作が期待されるような気象条件であっても幼穂形成期に体温を超えるような高温や夜温が下がらなかったりすると稲は不稔障害を起こし、
シラタの発生ばかりか稔実しないことさえある。低温、日照不足は収量減要素になり、今年はこの二つが同時に起きたという意味で極めて特異な年であるとも言える。
以前、稲の収量と気象条件の相関関係を取材したことがあったが、その関係は実に複雑で
研究者からその相関が指数化出来ればノーベル賞ものだと言われたことさえあった。そもそも稲の収量要素は気象条件だけではなく、研究者によってはその相関は6割もないという人さえいる。
IT関連企業の金融工学の専門家が、コメの価格変動を回避できる保険を作りたいという趣旨で話を聞きに来た。コメの価格変動要素は需給要因が主で、供給量を予測する際は当該年の気象条件は欠くことのできない要素になるが、ITを駆使してその相関を導き出したとしてもあまり意味がないとにべもないことを言ってしまった。
なぜなら国が作って食糧部会で公表している需給見通しさえさっぱり当たらないからである。農業団体の幹部に言わせると「虚しい」需給見通しだという事になる。
昨年の食糧部会で3年産米の主食用米を700万トン以下に減らせば6月末の民間在庫は適正な水準になるという見通しであったが、今年7月の需給見通しでは、水田リノベーションによる助成金の上乗せもあってか主食用からの転換が進み、ほぼ700万トン以下の生産量に留まるという見通しなのだが、なんと来年6月末の民間在庫は210万トンになっており、ほとんど減らないということで、農業団体幹部が虚しいと嘆息するのも分かる。
農水省のコメの需給見通しが外れるのは今に始まったことではないが、これは伝統と言えるほどの慣習になっている。なぜ、需給見通しが当たらないのか?
これはある意味当たり前である。なぜなら同じコメを主食用だとか主食用でないとか恣意的に区分けして需給見通しを作成するからで、コメ全体の需給見通しがないためで、いかにこまく詳細な情報を集めたところでこうした恣意的な作業を行っているうちはまともな需給見通しなど出来るはずがない。
ITやAIを駆使してコメの供給と需要はデータとして正確に把握できるようになるだろう。しかし政策的な要因まではデータとして捉えることは出来ない。コメの価格変動要素で最も大きなものは需給ではなく政策なのである。
冒頭の取引会で産地業者が売り物を控えたのも単に作柄と収穫時期を不安視しただけではなく、政策的な要因が働くという予感が走ったためかもしれない。
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