選択的「赤字」拡大【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第159回2021年8月19日
農業基本法に基づき展開された農業構造改善事業で政府が大型機械化と並んで推進したのは成長農産物の選択的拡大だった。
アメリカをはじめとする外国からの輸入によって国産の麦、大豆、菜種等の畑作物が激減したが、かわって成長農産物である野菜、果実等の生鮮食料については国産に対する需要はあり、それなりの価格がつく。たとえば大豆は売れなくなっても枝豆は売れる。当時の為替相場と輸送・貯蔵技術の未発達のもとで生鮮軟弱野菜等はまだ輸入されていなかったからである。
もしも何とか畑を利用して所得をあげようとするなら、そうした野菜、果実等の作物に力を入れるより他ない。さらに当時は生乳や肉の輸入も困難だったし、需要も伸びていたので、畑に飼料作物を栽培し、また薪炭生産のための雑木林や役牛馬飼育のたてめの牧野を草地や放牧場にして乳牛を飼育すればいい。乳牛であればこれまでの1~2頭飼育から5頭に、採卵鶏であれば300羽飼育すれば「自立経営」として立派にやっていける。
また、果樹であれば東日本ではリンゴ、西日本はミカンが成長農産物なので、その樹園地造成に構造改善事業などで積極的に政府は援助するので、その規模を拡大し、産地を形成しいこう。
政府はこう呼びかけた。
前にも述べたように、そのこと自体はまちがっていなかった。麦・豆・菜種等を切り捨ててということを除いては(これで後に苦い思いをするのだが、それはまた後に述べる)。
しかしなかなかうまくいかなかった。
果樹を例にとれば、西日本はミカン、東北を中心とする東日本はリンゴの導入と拡大に取り組んだが、1963(昭和38)年に競合果実のバナナが自由化されて大量に輸入され、スーパーの目玉商品として売られるようになった。ろくに食べたことのなかった子どもたち、20年以上も思いっきりたべていなかった大人たちは喜んでバナナを買って食べた。当然リンゴの需要は落ちる。そこにリンゴの豊作が重なるとリンゴの価格は急落することになる。68年には、そうした状況に加えてミカンが大豊作となったために、買い手の付かないリンゴが大量に発生した。そしてそれは川に投棄され、あるいは山に野ざらしにされた。川はリンゴで赤く染まり、山には赤い山が築かれたという。こうしたようすからこの年のリンゴの相場は「山川相場」とか「山川市場」と呼ばれた。
選択的拡大のもう一つの大きな柱であった畜産について言えば、豚や鶏、乳牛、肉牛を新たに導入したり、拡大したりした農家があった。豚の場合は輸入飼料とデンマーク式豚舎飼育で、鶏は輸入飼料を基礎とするケージ飼育で規模を拡大した。酪農家は草地造成や畜舎の増築でやはり規模拡大に取り組んだ。
しかしこんな言葉が当時農村で流行った。
「豚はトントン、牛・鶏はモウ、ケッコウ」
この言葉からわかるように、それも必ずしもうまくいかなかった。そして選択的拡大は「選択的赤字拡大」だとまで言われた。
宮城県内のある農家が言っていた。
「豚は米を食って、牛は田んぼを食ってしまった」
赤字をかかえて田畑を手放さなければならない経営まで出てきたのである。それですめばいい。命まで手放した農家もあった。
69年、福島県浜通りで2000羽飼育(当時としてはきわめて大規模だった)している養鶏農家を訪ねた。彼はこう言った。
「朝、コウコウと鶏が鳴くのを聞くたびに今日も1日6000円(当時としては大きな金額だった)損かと思うと、布団から起き上がる気がしねえ」
さらに続けて笑って言う、
「そのうち鶏が賽の河原でコーイコーイと呼んでいるように聞こえるようになった」
実際に山ほどの借金をかかえて自殺する農家さえ出てくるようになった。
当然のことだった、諸物価は上昇しているのに、それに対応して農畜産物価格はあがらないからである。上がらないのも当然、赤字になるのは必然だった、次回はそれを成長農産物の一つ、牛乳を例にしてみてみよう。
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