(246)産業としての米国産エタノール【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2021年8月27日
19世紀の後半、米国で「穀物」と言えば小麦でした。穀物価格と言えば小麦価格のことであり、トウモロコシはマイナーでした。歴史の中では100年など一瞬ですが、我々の感覚では数年前のことですらよくわからなくなるのかもしれません。
かつて米国の穀物の代名詞であった小麦は、今でも重要品目だ。年間5000万トン程度が生産され、その半分程度が国内需要、残りが国際市場に輸出されている。小麦は言うまでもなくパンやパスタの原料であるだけでなく、様々な食品に加工され我々の日常生活に必要不可欠な食品原材料となっている。
さて、子供の頃、祭りがあると焼いたトウモロコシに甘口の醤油のタレを刷毛で軽く塗ったものを食べたことがある人は多いと思う。筆者もこうした食べ方や、あるいは茹でたトウモロコシを食べるのは大好きである。
実は、わが国が輸入している米国産トウモロコシは食用以外に、家畜(牛・豚・鶏など)の飼料に用いられることが多い。というよりも、現在では家畜用飼料(配合・混合飼料など)のうち半分程度がトウモロコシである。もちろん、詳細な割合は家畜の種類や飼料により異なるが、2020年度のトウモロコシの輸入数量が1577万トン、そのうち1162万トン(74%)が飼料用であることを知れば十分であろう。
1162万トンを12で割れば、1か月に97万トン≒100万トンである。これが現代日本の畜産を支えている。ちなみに冒頭で述べた小麦(こちらはほぼ食品用)の2020年の輸入数量は537万トン、12で割れば月間約45万トンとなる。つまり、飼料用トウモロコシの半分という訳だ。
ところで、米国の場合、単位はブッシェル(bushel)とエーカー(acre)が用いられる。単位というのは厄介なもので、メートル法が絶対と思っている日本人は多いが、米国では距離も重さも異なる単位を用いている。米国農務省の穀物需給は毎月発表されるが、トウモロコシの生産数量は、例えば、2021/22年度産の場合には、147億5000万ブッシェルという形で発表される。
この世界に長く関わると感覚的にも慣れるが、通常はメトリック・トン(MT)に換算した方がピンとくる。トンに換算すると前出の生産量は3.75億トンである(トウモロコシの場合、39.368で除する)。
一方、国内需要は3.11億トン、輸出が6096万トンである。厳密には繰越在庫があるため年間総供給量がもう少し多く4.03億トン、前年とほぼ同量が翌年への繰越在庫となる。
ポイントは、約4億トンの内訳である。飼料用は1.42億トン(35%)を占めるが、食品・種子・工業用で1.68億トン(41%)であり、中でもエタノールとその副産物の用途が1.32億トンを占めている。つまり、食品・種子・工業用といってもその8割は工業用、つまりエタノール生産の原料である。
実際、米国は世界最大のエタノール生産国である。2020年の生産量は139億ガロン(1ガロンは約3.8リットル)と世界の53%を占め、2位ブラジルの79億ガロンを大きく引き離している。米国(53%)、ブラジル(30%)、EU(5%)で総生産量の88%に達している。米国はトウモロコシ、ブラジルはサトウキビを主たる原材料としている。
こうして見ると、現代の米国におけるトウモロコシは飼料原料と工業原料という2つの顔を備えていることがわかる。今は飼料用が首位だがこれも長期的にはどうなるかはわからない。もしかすると「トウモロコシと言えば "圧倒的に" 工業原料」という時代は既にすぐ近くまで来ているのかもしれない。
品種改良などの技術革新により継続的安定的な大量生産が可能になったトウモロコシは、最初は伝統的な食品用と畜産用飼料、そして余剰分が海外向け輸出であった。だが、他産地との国際競争やエネルギーの海外依存への懸念、さらに中西部の雇用対策や環境問題など、様々な要素を考慮した米国はエタノールという新しい産業をかなり強引に作り出した。今やトウモロコシ生産はその原材料供給部門として不可欠な役割を担っている。
1つの産業が意図的に作られ、業界が誕生し、市場が拡大し、伝統的な産業構造が変化した現代の貴重な事例である。その間、多くの農家は継続してトウモロコシを作り続けてきた。これも忘れてはならない。
* *
新型コロナの影響で、そこら中に手指消毒のエタノールの容器が配置されています。それを使用するたびに、こうしたことをふと考えます。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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