コメが売れるまで帰らないと宣言した米穀小売【熊野孝文・米マーケット情報】2021年10月19日
先週末Web上で開催された米穀業者の席上取引会は、買い声が先行する形で千葉ふさおとめ、ふさこがね、コシヒカリ、秋田あきたこまちなどが次々に成約、底打ちから反転という相場様相になった。席上取引会の前に行われた情報交換会で、会員社の1社が、自社の取り組みが民放番組で取り上げられることになったことを紹介した。
民放で取り上げられることになったという米穀業者は、業態の範疇としては米穀小売専門店の中に入るのだが、全くの異業種から徒手空拳で米穀業界に参入、コメが売れることなら何でもやるというスタイルで今日までやって来た。最初は自家用車に精米を積んで飛び込み営業で外食店などに売り込みをかけ、5年間で1億3000万円のコメを販売するまでになった。取引先から頼まれたらどんなことでも断ることがなく、大手自動車ディーラーから顧客に贈呈する小袋の精米の注文を受けた時は、寝る間も惜しみ手詰めで10日間かけて1万7000袋を納入したこともある。あるときこの業者からコメの牽き売りの方法を教えて欲しいという依頼があった。そこで以前牽き売りで成功した米穀業者の事例を紹介した。ただし、それは食管時代のことで今やっても難しいのではないかと付け加えた。ところがなんとそれを実践していたのである。
その事例では大手量販店の店舗が閉店する日に閉店セールに合わせて、その量販店前に車に積んだ精米を特売した。その日だけでなんと2tのコメを売ってしまったという。エネルギーの塊のようなこの米穀店主がそれだけで満足するはずはなく、自らに「コメが売れるまでは帰らない」と言うノルマを課し、夜通しコメを売り歩くことにした。これが民放のディレクターに知れテレビで取り上げられることになった次第。
コロナ禍で外食店等コメの販売先が急減、売り先確保に四苦八苦しているのはこの米穀店に限ったことではなく、大方の業者があの手この手でコメの売り先確保に奔走している。最も目につくのが"増量セール"で、いち早く量販店向けに銘柄米の増量セールに打って出た首都圏のコメ卸は「想定した以上に売れた」という。これにあやかってか産地の中には北海道のように2年産米ばかりか3年産米も増量セールを仕掛ける計画を立てているところもある。増量どころか小売店の中にはSNSでコメを取りに来てもらえれば無料にするというPRをしたところさえある。無料販売をはじめたところは産地の中にもあり、自産地の売れ残ったブランド米を外食店に無償で提供する方針を打ち出したところ既存の納入業者の反発を買うという不始末をしでかした産地もある。
今後、コメの消化対策で大きな物議を呼ぶことになると予想されるのが、新政権の「特別枠」対策。
この特別枠対策の中身は、周年供給対策で保管対象数量になった37万tの2年産米のうち15万t(コロナの影響による需要減少分相当)の保管料を国が全額負担することに加え、こども食堂に無償提供する他、中食・外食向けの販売費の2分の1を国が負担するというもの。これを額面通り受け取れば、こうした対策がなぜ需給改善対策になるのか首をかしげてしまう。
分かり易く言ってしまえば、売れ残った2年産米を安値で販売するために国がその経費を負担するだけの話で、得をするのは全農等と2年産の周年対策で契約した大手卸だけと言うことになる。周年供給対策で大手卸と契約したところの中には全農だけではなく値引きして契約した業者もおり、その業者はこの対策では自社が恩典にあずかれないため値引き差損分が損になると怒っている。具体的な予算措置は補正予算で決まるが、対策の中身を熟読すると販売先支援として2分1を支援するとされている中食・外食向けはどこにも「国内限定」とは書かれていない。つまり海外の中食・外食業者に販売しても支援の対象になるわけだ。ある大手卸は台湾のすしチェーン店向けに日本米を輸出するだけで年間5000万円も欠損を計上している。今回の対策でこれがチャラになるだけでも有り難い。要はそういう意図を含んだ対策だということになる。
農水省のコメ関連予算については、概算要求を出した段階から海外のコメ産出国はつぶさに目を通すようになっている。国内で農産物の価格維持政策を取っている以上、余剰農産物を海外に札束を付けて処分するような真似は出来ない。
冒頭に紹介した米穀店のように「(国内で)コメが売れるまで帰らない」という覚悟でコメの消化対策に取り組まない限り、物議を醸しだすのは国内だけに留まらないのである。
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