「わらの文化」の壊滅と出稼ぎの激増【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第168回2021年10月21日
『わらしべ長者』という民話。私たち世代まではみんな知っていたのだが、今はどうなのだろうか。
この話は稲わら一本たりとも粗末に扱うな、どんなにつまらないものでも大事にしろと子どもたちに教えている。
しかし、かつて稲わらはつまらないものなどではなかった。きわめて貴重なものだった。だからこの話は稲わらの大事さを教えているものでもあると私は考えている。
前に述べた(注1)ように、稲わらは農家の生産資材として、生活資材として必要不可欠であると同時に、都市住民の生活や商工業でも不可欠のものとして広く利用されていた。北海道の入植者が米をつくりたいと念願し、またつくろうと努力してきたのは、主食としての米の確保のためだけでなく、それ以上に生産・生活資材としての稲わらの確保が目的だったとさえ言われている。
そしてこのわらを原料とした製品の加工、つまりわら仕事は農家の大事な就業機会だった。雪国の冬は田畑の仕事はなくなって閑になるが、この農閑期にわら加工という農村家内工業に従事していた。そうした面からも稲わらは重視されたのである。
しかし、1960年代になって、生活必需品であったわら工品は工業製品に置き替えられ、わら仕事をするなどということはなくなってしまった。
縄やむしろは化学繊維や輸入綿・羊毛などのさまざまな素材で用途に応じて工業がつくるようになり、俵は紙袋、その他のわらの容器はプラスチック製品、作業用の履き物は地下足袋や長靴、蓑(みの)はビニール製の雨合羽等々、丈夫で見映えの良い工業製品におきかわった。また、飼料は輸入飼料、堆肥は化学肥料、被覆はビニールマルチと安価で効率の良い新製品で代替されるようになった。
かくして稲わらなしでも農家の経営と生活はやっていけるようになった。都市においてももちろん稲わらなしで暮らしていけるようになった。稲わらは、不要物に、ゴミになってしまった。同時に農家の冬場のわら仕事はいらなくなってしまった。
そしてわら工品は雪吊り縄や注連縄、お土産の民具などでしか見られなくなった。
こうして、何千年も農家の経営と生活の不可分の一部をなしてきたわら加工部門、「わらの文化」は消えてしまったのである。
そしたらわらを田んぼに堆肥として返せばいい。しかし堆肥投入は増収にはかえって邪魔である(とあのころは言われるようになっていた)。
こうして稲わらはまったくの不要物、まさにゴミあつかいになってしまった。そしてわらに基礎をおいた日本人の暮らし、わらの文化は消滅してしまったのである。
そうなれば冬のわら仕事はなくなり、お金は入らなくる、加えて除草剤の導入は夏場の仕事を減らす。他方で都市・工業からの購入品は増えて現金支出は増える。山間部では、それに加えて薪炭生産が壊滅させられている。これでは生産も生活も維持できない。
一方、60年代の高度経済成長で大都市の商工業の労働力需要は急増し、とりわけ建設業・製造業等の出稼き求人が殺到するようになった。
そこで冬期間=わら仕事もなくなった農閑期に一斉に出稼ぎに行くようになった。
薪炭生産もなくなった山間部などでは春の田植え期と秋の稲刈り期にだけ家に帰って農作業をするだけの通年出稼ぎするものもあった。
これは雇用する側にとっては便利だった。必要なときに雇っていらなくなったらクビにすればいい、ボーナスはいらない、労働基準法は特に守らなくともいいからである。
『帰れないんだよ』(注2)という流行歌の歌詞をみていただきたい。
「そりゃ死ぬほど 恋しくて
とんで行きたい 俺だけど
秋田へ帰る 汽車賃が
あれば一月 生きられる
だからよ だからよ 帰れないんだよ」
60年代初頭はまだそういう時代だったのである。
こうした農村からの安上がりの労働が、そして腹いっぱい食べられるようになった米が、高度経済成長を支えたのである。
出稼ぎに送り出すのは辛かった。言うまでもなく帰ってくるときはうれしかしかった。おみやげも楽しかった。ある山村の農家のお母さんは、お父ちゃんの出稼ぎのおみやげで一番うれしかったのは電気洗濯機だったと言う。このお母さんの気持ちはよくわかるのだが、出稼ぎの低賃金長時間労働で工業を支えた上にその生産物を買ってもうけさせる、出稼ぎ農家は往復びんたで高度経済成長を支えたのである。
1960年代はこういう年代でもあった。
(注)
1.JAcomコラム・2020年2月13日~6月4日掲載・拙稿を参照されたい
2.作詞:星野哲郎、作曲:臼井孝次、歌:ちあきなおみ、1969(昭和44)年
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