出稼ぎの評価、幽霊部落【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第170回2021年11月4日
出稼ぎは1960年代から大きな社会問題となった。われわれも大きく取り上げた。しかし、考えてみれば、出稼ぎは戦前からあったものだった。たとえば秋田・青森の農民は、稲刈りが終わると、北海道の鮭鱒漁業、鰊漁場などの「出面(でめん)」さん(北海道では日雇いや季節雇いをこう呼ぶ)として出稼ぎに行った。岩手の農民の一部は南部杜氏として他県の造り酒屋に一冬出稼ぎした。
さらに都市部にも出稼ぎはあった。高度経済成長はそれを大幅に増やした。単身赴任がそれである。しかもそれは季節出稼ぎではなかった。年間赴任で農家の季節出稼ぎよりももっと悪かった。出稼ぎの悲劇が問題となったが、単身赴任の悲劇もあったし、子どもの非行問題などではさらに深刻な面もあった。
ところが私たち研究者やマスコミは出稼ぎの悲劇のみを強調した。
もちろんそれはすべて間違っていたわけではない。都市商工業の単身赴任であれば手当が出るし、月に何回か家に帰れるが、出稼ぎはそういうことはなかった。やはり出稼ぎの不安定低賃金過重労働の問題、農林業の低所得問題等々、高度経済成長政策の問題点を指摘するのは当然のことであった。
しかし、それにしても、出稼ぎ解消をあせるあまり、出稼ぎしないで村で暮らせるような政策の展開、農政の転換をせまるために世論を引きつけようとするあまり、出稼ぎの「悲劇」を過度に強調し過ぎたのではなかったろうか。それ以外にも、いかに農村が苦しいか、農家の暮らしがいかに大変かの訴えをし過ぎたのではなかろうか。そして、農村部の暗いイメージをふくらませてしまったのではないか。それがその後の嫁不足、若者流出に拍車をかけてしまうことになったのではないか。農村から都市に人を追い出すのに私たちも一役買ったのではないか。
ときどき自責の念にかられることがある。
出稼ぎだけならまだよかった。もっと深刻な問題なのは、女子・次三男等の若者の都市流出だった。彼ら彼女らは農村の過剰人口と言われていたが、農繁期などは必要不可欠な労働力であったし、嫁や婿として農家の維持・存続に必要不可欠だった。ところがこの60年代、高卒後がほとんどいなくなった。これはやがて一方で稲作の機械化(機械化貧乏)に拍車をかけ、他方で嫁不足を引き起こすことになるのだが、それが顕在化するのはもう少し後のことだった。東北では中四国のような過疎化、「幽霊部落」化は当時はまだ進まなかったのである。
集落に人が少なくなる、店は成り立たずなくなる、郵便局がなくなる、バスが来なくなる、不便になるのでまた人が出ていく、それに対応して役場・農協の支所もなくなる、やがて学校がなくなる、もう残るのは年寄りだけ、それも少なくなっていく、もう片手で数えられる人数だ、それでもお寺は残ってがんばる、しかしその住職もとうとういなくなる、檀家がいないので食っていけないからだ、坊主がいなくなったらおしまいだ、後は幽霊が出るだけ、それでだれもいなくなる、こうして幽霊部落となる。こんな話が、そして幽霊部落という言葉が中四国の山間地でささやかれるようになった。
さらにこれまであまり聞いたことのなかった「過疎化」という言葉も聞かれるようになり、過疎地という言葉は日常語となってきた(それ対応するかのごとく大都市の「過密」も問題となってきた)。
しかし、東北では幽霊部落の話はまだ聞かなかった(戦後開拓集落の消滅はいくつかあったが)。中四国に比べて相対的に有利な米を中心とし、そもそも米単作であったことから二毛作の衰退の打撃は少なく、経営面積も相対的に多く、中山間地といえども傾斜度は緩く、また高度経済成長による労働力吸収力が瀬戸内などのように強くなかったからである。
そして、当時の農家の青壮年は出稼ぎをしながら家と農業、地域をまもった。それも時間の問題だったのだが。
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