変わらない農村女性(1)【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第175回2021年12月9日
前に本稿で1950年代の農村女性のおかれていた状況を書かせてもらった<注1>が、それを読んだ私の東京農大時代(21世紀初頭)の教え子の女性が私に手紙をくれた。強いショックを受けた。そんな状況に女性がおかれていたなどまったく知らなかったと。
そういえばそういう話をしたことがなかった、またキャンパスのあった地域(北海道・網走)の農家の女性にはかつてのような暗い影はまったくなく、嫁さんはみんな生き生きとし、マニキュアまでしていた。だから、若い彼ら彼女らには語らなければわからなかったかもしれない。まあとにもかくにもいい世のなかになったものだ(もちろん問題はさまざまあるが、それはここではおく)。
しかし、そこまで来るのにやはりかなりの時間がかかった。その過程を本稿で私なりの立場から書かせていただきたい。
まず60年代の農村女性はどう変わったのか、それとも変わらなかったのか、それをみてみよう。
宮城県中部の稲作地帯にあるK町H地区に集落を基礎にした全面共同経営がある。1962(昭37)年、水稲集団栽培<注2>の導入を契機にして設立され、現在まで続いている非常に優れた経営である。できて十数年たったころだと思うが、調査に行ったときそこの組合長に聞いてみた。共同を進めていく上で一番苦労したのは何だったかと。そしたら笑いながら次のように言う。
「カアチャンをいかに黙らせるかだった」
共同作業をして家に帰ると、どこの家でも必ず奥さんが仲間の悪口を言う。あの人はいかにさぼっているか、この人はいかにだめか、あの人はこういうことを言った等々の話をしょっちゅうやる。また、たまたま風の日に共同田植えの順番に当たった田んぼの持ち主の農家の奥さんは自分の家の収量が落ちてしまう。不平等だなどと組織運営にも文句をいう。男というのは奥さんの影響を受けやすく、それをまともに聞いているとどうしてもそのように思えてくる。するとみんなのなかに不満が芽生え、不信感がでてきてまとまらなくなり、共同がうまくいかなくなる。だからといって、奥さん方の口を封じることなどできるわけはない。
そこで男性陣が次のように申し合わせた。
「カアチャンの言うことは台風が来たつもりで黙って頭の上を素通りさせよう。知らないふりをして聞かないようにしよう」
もう一方でともかくご婦人は大事にすることにし、ご婦人たちだけの一泊旅行もさせ、しょっちゅう集まって話し合う機会をつくったりした。こうして3~4年もしたら奥さん方は不満をまったく言わなくなった。そして組合の運営はきわめて円滑に行くようになった。
この話を聞いてからまた十数年たった(90年)ころ、世代交代をしたこの共同経営がある農業賞の受賞集団として推薦を受け、選考委員だった私はその選考のための調査に行った。そのときもうリタイアした当時の組合長にしばらくぶりで会い、前に来たとき「共同をこわすのは女だ」と言っていた話をしたら、「そんなことを言ったかなあ」と頭をかいて笑っていた。もう忘れてしまうくらい農村の女性は変わったということなのだろうか。
この例に似たような話。新しいことをやろうとすると女性が足を引っ張る。男の足だけではない、「女が女の足を引っ張る」という話は当時あちこちで聞いた。女性は男性だけでなく女性もだめにする。女性は組織人とはなり得ないのだろうか。
しかしこれは女性のもつ特性からくるものではない。
当時の女性を取り巻く条件が女性をそうさせていただけなのである(次回に続く)。
<注>
1.jacomコラム、昔の農村・今の世の中、2021年3月4日掲載・第138回・小遣いもなかった農家の嫁、参照。
2.同上 、2021年10月14日掲載・第167回・「水稲集団栽培」の普及、参照。
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