米過剰問題の生成【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第179回2022年1月13日
まだテレビの生まれていない1950年代後半、NHKラジオの農村向け番組から「お百姓さんの歌」という曲が流されるようになった。
正確な番組の名前は思い出せない(パソコンで検索はしてみたのだがわからない)のだが、歌は今でもはっきり覚えている。
「蓑着て 笠着て 鍬持って
お百姓さん ご苦労さん
今年も豊年 満作で
お米が沢山 取れるよう
朝から晩まで お働き
蓑着て 笠着て 鍬持って
お百姓さん ご苦労さん
お米もお芋も 大根も
日本国中 余るほど
芽を出せ実れと お働き......(後略)......」(注1)
そうだったのである、「余るほど」米を、食料を生産してもらいたい、これは飢餓に苦しんだ戦中戦後の経験をもつ日本国民すべての願いだったのである。
政府にとっても米の増産は至上命題だった。大正期の米騒動や敗戦直後の米よこせメーデーなどを起こさせてはならなかった。それに対応して都道府県も米の増産を推進した。
60年代の県単位の取り組みを東北を例にして言えば、山形の「60万t米づくり運動」だけでなく、秋田県は「健康な稲づくり運動750キロどり集団褒賞制度」、青森県では10年後を目標に県平均四石・多収農家6石どりを目指す「四・六米づくり運動」、岩手県は「産米50万t達成推進事業」、福島県は4割増収6割省力を目指す「四・六米づくり運動」を展開している。
県ばかりでなく、市町村や農協が独自で増産運動に取り組むところもあった。
それに応えて農家はみんな懸命に主食である米の増産に取り組み、前に述べたように反収上昇と水田面積の拡大に力を注いできた。
その成果は1967年の生産量1426万t(反収453㎏)をピークとする67・68・69年と3年連続の史上最高の大豊作となって結実した。
まさに国民の願いは実り、白い米をたらふく食べたいという希望はかなったのである。
しかし、国民はそれでほっとはしたものの、かつてのように喜びはしなかった。そんなに米を食べなくなっていたからである。米の一人当たり消費量は1962(昭37)年の118㎏(総消費量1300万t)を最高に減少の一途をたどるようになっていたのである。その結果が米の過剰だった。
なぜ日本人は米を食べなくなったのか。値上がりしたからなのか。そんなことはまったくなかった。
その最大の原因は米国の小麦戦略の浸透によって米食が米国の小麦を使ったパン食なるものにかなりの部分移行したことにあった。小麦戦略がこれほど成功した国は世界中にない、「呆れるほど見事な成功例」だと米国が評価した(注2)ほど、米の小麦への転換が進み、米を食べなくなったのである。
もう一つ、米過剰の原因として都市勤労者の過酷な労働環境・住環境があげられる。東京を中心とする巨大都市圏への人口集中で通勤時間が長くなり、朝ゆっくり温かい白いご飯と熱いみそ汁を味わう時間的余裕がなくなり、パンと牛乳てそそくさと終わらして、もしくは駅前の立ち食いそばで代替して電車に乗るか、面倒だから朝食抜きにするかしかなく、さらに昼飯にご飯を詰めた弁当などもっていく余裕もなくなった。こうしてご飯を食べなくなり、その結果が米余りだったのである。
さらにもう一つ、戦後の民主化、労働運動の成果による一定の生活水準の向上と農業生産の発展による青果物、畜産物(そのなかには前に述べた米国の脱脂粉乳などもあった)の供給の拡大により、食卓が豊かになってきたことがご飯の消費を減らしたこともあげなければならないだろう。
こうした主穀をはじめとする農産物の過剰問題は、日本ほど異常な形をとってではないが、米国、欧州などの先進国も抱えるようになっていた。
(注)
1.作詞:武内俊子、作曲:丹生健夫。
2.jacomコラム、昔の農村・今の世の中、2021年2月4日掲載・第134回・忍び寄る小麦色の影-1954年のこと-、参照。
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