(268)メキシコと中国に見る米国の戦略【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2022年2月4日
新型コロナウイルス感染症の影響は社会生活のあらゆる場面に及んでいます。これは事実ですが、同時に全ての影響をコロナによるとすると潮流を見誤ることにもなります。今回はメキシコと米国の農産物貿易、さらに中国との関係を見てみましょう。
米国農務省から公表された米国とメキシコの農産物貿易の資料を見ると、過去2年間、日本よりも遥かにコロナ禍が深刻であった米国とその隣国メキシコの間で農産物貿易にどのような変化が生じていたかがわかる。
貿易に限らず我々の視点の多くは、良くて「日本と他国」、通常は「日本のみ」が大半だが、コロナのように世界的な影響を持つ要因が背景にある場合、日本以外の各国間で同時期に何が生じていたか、とくに影響が深刻な国々のケースを単独ではなく全体のつながりの中で参照すると有益な知見を得られることが多い。今回のケースはその一例である。
3カ国の簡単な比較は以下のとおりである。米国と日本の人口は何となく知っていてもメキシコの人口は「言われてみれば...」という程度ではないだろうか。また、総人口が日本とほぼ同じでも感染者数と死者数は大きく異なる(いずれも数字は2022年2月2日時点)。
さて、貿易は双方向の動きだが、簡単に言えば、コロナ禍の2年間で米国からメキシコへの農産物輸出は初年度に減少し、コロナ2年目の昨年に多少回復したものの結局完全には戻っていない。なかでも、綿花や豚肉の輸出が大きく減少しているようだ。
綿花の輸出減少はコロナ拡大初期の工場の臨時閉鎖によるものと考えられているし、食肉の目に見える部分はホテルやレストラン、外食などの業務用需要の減少を反映したものである。このあたりまでは同様の内容が日本の国内バージョンとして多くのメディアで報道されているため他国の状況でも想像がつきやすい。
また、統計数字だけを見ると、砂糖や異性化糖の輸出も減少しているが、これを全てコロナの影響と結び付けるのは微妙である。例えば、わが国同様、多くの国民が肥満や過体重に悩むメキシコではコロナ以前から高カロリーの食事について政府が警鐘を鳴らしていた。こうした事情が底流にある中での減少と見た方が良い。
注意を必要とするのは2018年に中国で発生したアフリカ豚熱(ASF)の影響である。このコラムで何度も取り上げてきたが、世界的に見れば中国の豚肉生産量の大減少にどう対応するかは中国一国の問題ではなく、豚肉輸出国にとっての一種の社会的責任であるとともに極めて重要な輸出機会という両面を備えていた訳である。
米国農務省の数字を見ると、2016-2018年の期間における米国産豚肉の中国向け輸出金額は毎年5.7~7.1億ドルだが、2019年には13億ドル、2020年には22.8億ドルと激増している。2019-20年だけの期間を見れば、米国の対中豚肉輸出は金額ベースで75%増加したのに対し、対メキシコは▲10%である。
簡単に言えば、米国産豚肉の輸出先は従来、日本、メキシコ、中国、という順番でランキングが形成されていたが、これが中国、日本、メキシコ、に変化したのである。メキシコ分を中国へ振り替えたと言えば人聞きが悪いが、3者、そして日本にとってもそれが好都合であれば結果としてそうなるのであろう。
さて、日本の多くの業界の成長率は年率どのくらいを想定するだろうか。「前年比75%増」などという業界はゼロとは言わないが極めて少ないはずだ。米国はコロナを機会にこのジャンプを豚肉で達成したと言っても良い。あとは中国人の「舌」が今後、どう反応するかである。その意味ではピンチをチャンスに変え、従来の枠組みを変更したのである。
ところで、先の農務省の資料では過去2年間に米国がメキシコから輸入した品目で輸入価額が増加したものとして、テキーラ、生鮮トマト、ビール、が挙げられている。こちらには合理的かつ「戦略的」な米国とは別の、コロナ下における米国の人々の苦悩の側面が垣間見えると考えるのはうがちすぎだろうか。
* *
農業の多面的機能という言葉がありますが、国際関係や貿易も多面的あるいは多角的に見て初めて意味がわかることが多々ありますね。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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