骨董市のような市場でコメの価格形成が出来るのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2022年2月8日
コメの市場作りに関心を持つ人物と意見交換した際、その人物からいきなり「骨董市のような市場でコメの価格形成が出来るのか!?」と言われた。なんのことかというと農水省が示した「現物市場の素案」で通年取引は年7回ぐらい行うと記されていることを揶揄(やゆ)しているのだ。この人物に限らずコメ業界で農水省の素案をみて現物市場のイメージを想像できた人はほとんどいないだろう。
農水省の現物市場の素案は、結論から先に言うとまだ何も決まっていないということを示したに過ぎず、どこが市場の主体者になることさえ決まっていない。農水省に言わせると右と左に意見の隔たりがあるという事なのだが、どこが右でどこが左かは置くとして、検討委員から「とりあえずスモール市場からはじめても良いのではないか」という歩み寄りともとれる発言があったので、すでに年7回ぐらい取引を行っている組織が素案の中に出てきた次第。300万トンもコメを扱っている組織から見れば年間取引高が5,6万トンしかない組織は「スモール」と言われても仕方がないが、そう言われた方は面白いはずがない。
もちろん市場規模は大事な要素だが、それ以上になぜ日本に公的なコメの市場が必要なのかと言う共通認識が造成されることの方が重要なのだ。
第一に「産業インフラとして市場が必要だ」という共通認識を持つことが求められる。コメを生産する人、流通させる人、消費する人すべてが分かるような価格形成の場が必要なことは言うまでもない。特にコメの場合、直接、間接的に巨額な税金が投じられており、ナラシ対策ひとつ取ってみても査定される価格がどこで決まっているのかも分からないようでは納税者の理解が得られない。ついでに触れるなら政府備蓄米入札の落札結果を見ても明らかなように共計と言う魔法の杖を持っているところがあらかた攫って行った。なぜそうしたことが可能なのかと言うと、共計で政府備蓄米、主食用米、加工用米、新規需要開発米、飼料用米等がプール計算でき、かつ用途変更が出来秋にできれば、政府備蓄米の応札価格はどうにでもできるのであり、魔法の杖を持たないところが同じ土俵で戦うことなど最初から不可能だったのだ。このことは来年10月1日から導入されるインボイス制度で一般米についても同じ現象が起きるのでさらに大きな問題になるだろう。
第二に市場には情報と富が集積されることが極めて重要な要素になることを知るべきだ。それは国内だけに留まらず、世界中で起きている。世界のデリバティブ市場は"京"と言う単位まで出来高が増加しており、その国、都市にそうした市場があるのかないのかが国益を左右するまでになっている。ジャポニカ米の価格形成市場がどこにあるのかが極めて重要になることは言うまでもない。
産業インフラとしての市場は、現物市場と先物清算市場の二つが必要で、コメを扱う当業者が現物市場で売り買いしながら先行きの価格変動に備えてリスクヘッジできる先物清算市場を活用してこそ成り立つ。残念ながら日本には現物市場もなければ先物市場も無くなった。お隣の中国にはジャポニカ米を取引できる二つの市場がある。なかでも大連商品取引所は背後に5000万トンものジャポニカ米生産地を抱え、貿易港でもあるので世界中のジャポニカ米の価格を決める指標市場になりつつある。大連商品取引所が共用品に新潟コシヒカリを加えたら日本のコメの価格は中国で決まることになる。そうした危機意識を持っている人はほんの一握りしかいないというのが日本の現状だ。
年7回と言う骨董品市場のようなものではなく、ましてや玄米や精米の価格調査を行ってそれを指標に使うというような市場ではなく、最低でも毎日取引が行われ、そこで成約した価格をオープンにできるような市場が必要だ。さらに先行きの価格が分かるように1年先までの先渡し取引ができるような市場でなければならない。可能なら先渡し取引で成約した売買成約書を受渡期日までに第三者に転売できるようにすれば市場流動性が高まる。転売による差金決済が商取法に触れると言うならば、当業者同士の売買はそれに当たらないと法改正すれば良い。それも難しいと言うのなら堂島でコメの試験上場を再開してもらうしかない。
なぜそこまで市場の設立を急がなければならないのか? それは供給面では生産現場の急速な衰退で、今年のコメ作りでさえ生産資材の高騰で難しくなっている。需要面では次々に登場するコメの代替食品の登場で需要を失い、マーケットそのものが急激に縮小しつつあるという危機的な情況に置かれているためで、これらを克服するには市場を縮小させる規制を撤廃し、マーケットに向き合った市場を作り、真にコメを産業として自立させなければならないからである。
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