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固定相場制から変動相場制へ【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第184回2022年2月17日

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第二次世界大戦後、アメリカは世界の7割の金が集まったことを背景に、いつでも金と取り替えるとしてドルを国際通貨とし、ドルを機軸にした固定相場制で貿易・資本の自由化が容易にできるようにした。そしてアメリカは自国で簡単に印刷できるドル紙幣で世界各国に資本を輸出し、またひもつきの経済援助、軍事援助をして、アメリカの巨大資本の多国籍企業化を進め、世界経済の支配を強化してきた。それに従わないところ、たとえばベトナムに対しては戦争をしかけるなどしてきた。こうして世界中にドル紙幣をまきちらした結果、ドルに対する金の量が足りなくなり、ドル所有者が金との交換を要求しても渡せる金は底をついてしまった。

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それで1971年、ドルと金の交換を一時停止したのである。これは自己破産宣告であり、ドルは金の裏付けのないただの紙切れになってしまった。これでは今後を見通せないと株価は大暴落したのである。

そして2年後の73年には、これまで戦後の世界経済を動かしてきた固定相場制が変動相場制に大きく転換することになった。

変動相場制、今はこれが当たり前なのでこの名称すら知らない人もあるだろうが、当時はよくわからない人が多かった。1ドル=360円の固定相場でずっと来たし、外国旅行をする時代でもなかったので円とドルの交換などしたこともないからである。だから、円高ドル安と言われてもピンとこず、それが農業や工業、生活にどういう影響を及ぼすのかも多くの人はわからなかった。変動相場制になってから急激に増えた海外旅行に行って初めて円高ドル安になるということは同じ千円で今までより外国のものをたくさん買えること、つまりたくさんお金を持っていることなのだということがわかった。そして日本人は「金持ち」になったことを実感していったのである。

なぜ日本はこんなに金持ちになったのか。

それは、公害と通勤ラッシュ、「ウサギ小屋」と外国人に冷やかされる貧しい住宅に悩みつつ、休日にはインスタントラーメンでご飯をすませ、寝ころんでカラーテレビを見るしかない低賃金長時間労働、農村の零細下請け工場の不安定低賃金労働、そして農村からの出稼ぎ労働を基礎にしてつくった製品を輸出してせっせとドルを稼いできたからだった。

そして日本は、戦前から戦後にかけての軽工業を中心とする後進資本主義国から重化学工業を中心とする先進資本主義国へと完全に転換し、「金持ち」の国となったのである。

ということはまた、円高が反映されて外国の生産物が今までよりも安く輸入されてくるようになるということである、たとえばアメリカの麦1キロ=1ドル=360円が円高ドル安で1ドル=180円になれば麦1キロ=1ドル=180円で輸入されてくるということになるのである。生産性が上がった、コストが下がったからでも何でもない、ともかくこれまでよりもさらに輸入されてくることになる。

これでは日本農業などはどうしようもなくなる。商工業ももちろんそうだが。こうした事態に対応していかに自国の産業を守り、さらに発展させていくか、日本ばかりではない、世界各国がこういう問題をかかえることになった。

そうした状況におかれていたところに、さらに大きな問題、世界的な「食糧危機」・「石油危機」が襲ってきた。円高ドル安で安く輸入されてくるはずの石油、麦や豆等が入ってこなくなり、経済を大混乱させ、国民生活を苦しめることになったのである。

本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。

酒井惇一(東北大学名誉教授)のコラム【昔の農村・今の世の中】

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